サーファーというと、「鍛える」というイメージからは遠いが、五十嵐は週4~5日、ジムに通い、体幹などを鍛えている。炭酸ジュースや菓子もほとんど口にしない。同じサーファーで弟のキアヌ(17)は、こう明かす。
「普通の人が1時間やるトレーニングを、カノアはいつも2時間やる。そういう努力を積み重ねている」
さらに、今年はアスリートとしての意識を高めようと、NBA(米プロバスケットボール協会)の試合を見たり、MLS(米メジャーリーグサッカー)のロサンゼルス・ギャラクシーのロッカールームを訪問したりもしている。
そんな五十嵐の根幹にあるのは、サーフィンをメジャーにしたい、という思いだ。
「オリンピックは、みんなが見る場所。そこで自分が活躍すれば、日本でもサーフィンをもっと注目してもらえる」
五輪を目指すとき、生まれ育った米国から出ることも、日本から出ることもできた。日本代表として戦うことを決めたが、悩みがなかったわけではない。
それでも、祖母や親戚が暮らす東京という舞台にひかれた。
「自分が東京のど真ん中で金メダルを取る姿を想像したら、そっちのほうがイメージできた。日本にもいいサーファーがいっぱいいる。自分が活躍することで、サーフィンがもっともっと広まってほしいと思った」
英語、仏語、スペイン語、ポルトガル語に日本語。5カ国語を操る五十嵐は自らを、
「グローバルなアスリート」
と表現する。
インスタグラムのコメントには、様々な国・地域の言語があふれる。
だからこそ、五輪という世界のアスリートが集う舞台で、サーフィンが初めて開催される東京五輪を心待ちにしている。
「(陸上の)ウサイン・ボルト(ジャマイカ)、(競泳の)マイケル・フェルプス(米)……。小さいころから、五輪は大好きだった。だって、世界中のスターが一度に見られるんだから。まさか、サーフィンがそこに入って、自分が出られる可能性があるとは思わなかったけどね」
無邪気に笑う若者が、20年の主役の座を狙っている。
※週刊朝日 2019年11月8日号