日本人の安楽死がテーマの新作『安楽死を遂げた日本人』(小学館、1600円※税別)は、欧米の事情を取材し、講談社ノンフィクション賞を受賞した『安楽死を遂げるまで』の続編だ。

 安楽死が認められている欧米の国々では、死の自己決定は人間の権利のひとつだという考えがある。欧米で25年余り生活する宮下洋一さんにとって、そうした考えは自然に理解できるものだった。だが、日本では死をめぐる思考はさほど深まっていないのではないか。そんな問題意識が前著執筆の動機だった。

 前著の刊行後、宮下さんに一通のメールが届いた。メールの送り主は小島ミナさんという女性で、重篤な病に侵され、自らの尊厳を守るために安楽死を望んでいた。やがて彼女の思いは周囲を動かし、安楽死が容認されるスイスに渡航する──。そんな彼女と、もう一人の男性に密着取材したのが今回の新作だ。

 本書で印象に残るのは、誠実に言葉を紡ごうとする著者の姿勢だ。著者も「私」として登場人物と深く関わり、死を前にした小島さんたちの行動に、それぞれ深く心を揺り動かされたことが伝わってくる。

「“死”を前にした人を取材するには、自分自身も安易な言葉で書き進めてはいけないという想いがありました。私は専門家ではないし、そもそも死の問題は容易に“わかる”と言えるものではありません。自分もわからないという視点に立って、当事者と一緒に考えることが必要でした」

 作中で小島さんが発する「安楽死は私に残された最後の希望の光です」という言葉には、強い衝撃を覚える。しかし、宮下さんが本書で綴ったのは、あくまでも自身が出会った個々人の死の選択であるという。

「同様の病と闘っている人に安楽死を勧めているわけでもないし、勧めていいことでもない。私が書いたのは、一人の女性の行動と、そのもととなった死生観です。そこから何を見いだすかは、読んだ人に委ねています」

 宮下さん自身は、安楽死に対して賛成でも反対でもない。ただ、日本で安楽死を法制化することに対しては反対の立場だ。そこには日本的な「集団主義」の考え方への懸念があるからだ。

次のページ