「マスターはオケ専かもしれんけど、相手もそうとは限らんのとちがうん?」訊くと、「あら、向こうはワカ専なのよ。わたしは二十も年下なんだから」

 なるほど、フェチの道は深遠であり、究める価値がありそうだ。

「どう、黒ちゃんも行ってみる?」「いやぁ、この齢で若いといわれてもな」「モテるよ、黒ちゃん」「そらうれしいけど……」

 さすがに行ってみようとは思わなかった。

 ──その日は編集者といっしょだったから、もう一軒、馴染みのゲイバーに行った。わたしと同じようなドロボー髭の先客がひとりいて、赤いドレスを着ていたから、「きれいですね」と褒めたら、「黒ちゃんも着なさいよ」と、マスターにいわれた。その店にはドレスが何着かあり、マスターが暇なとき、客に着せているのだった。

 で、わたしはアロハシャツとパンツを脱ぎ、ピンクのドレスを着た。頭にはアンジェリーナ・ジョリーふうのウィッグをかぶり、ちあきなおみを歌った。その光景をマスターはスマホで撮り、「インスタにのせてもいいかな」といったから、「それだけは堪忍して」と断った。よめはんに殴られる。

 ──話が逸れた。小説の刑事のキャラクターだ。

 大学のとき、パチンコと麻雀にのめり込んで卒業が遅れたギャンブルフェチの三十男を考えたが、その刑事を独身にするか、妻帯者にするか……。来週、大阪府警捜査四課の退職刑事に取材をするから、そのあとで最終的なキャラクターを固めることにした。

週刊朝日  2019年7月5日号

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