ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回のテーマは「フェチとマニア」。
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来月から月刊誌に警察小説を連載することになった。主人公は所轄署の刑事コンビで、そのキャラクターを考えている。ひとりはこれまでわたしの小説に何度か登場した、小肥りで尿酸値の高い、ときどき痛風発作をおこす映画フェチの刑事だから、もうひとりもなにかのフェチにしたらおもしろいかと、あれこれメモ書きにしているのだが、ふと、フェチとマニアはどうちがうんやろ、と思いいたって電子辞書をひいてみた。
〇フェチ=フェティシスト──特定の種類の物に異常な執着・偏愛を示す人。
〇フェティシズム──異常性欲のひとつ。異性の髪や衣類・装身具などを性的対象として愛好するもの。
〇マニア──ある物事に熱中している人。
〇マニアック──あることに極端に熱中しているさま。
どうやら、マニアは健全寄りだが、フェチは異常っぽい。というよりは、辞書の編纂者に対して偏見を感じた。わたしは高校生のころからの“脚フェチ”だが、それを異常性欲と認識したことは一度としてない。フェティシズムすなわち異常性欲とは、いくらなんでもいいすぎだろうし、そもそも正常性欲というようなものが存在するのか。
しかしながら、小説におけるキャラクターはマニアよりフェチのほうがおもしろい。“胸フェチ”“脚フェチ”“指フェチ”あたりは当然として、“たわしフェチ”“足臭いフェチ”“女装徘徊フェチ”となるとユーモア度が増してくるし、たまに新宿二丁目あたりに行くと、実にまぁ様々なフェチがあって勉強になる。“M専”“S専”“デブ専”“ガリ専”“ヨゴレ専”“ワカ専”“フケ専”ときて、“オケ専”を聞いたときは笑ってしまった。“フケ専”が六十代、七十代を対象とすると“オケ専”は八十代以上で、いつお迎えがきてもおかしくない。わたしが話を聞いた六十二歳のゲイバーのマスターは浅草の“オケ専バー”の常連客だった。