「入院してたった1週間で、母が自分の名前を書けなくなるなんて……」

 そう驚いたのは、ノンフィクションライターの中澤まゆみさんだ。地方都市に父親と2人で暮らしていた母親(当時91歳)は、昨年、肺結核の疑いで専門病院に検査入院した。中澤さんが病院を訪ねると、それまでと様子がまったく変わっていたという。

「母は初期の認知症(要介護1)で、字はふつうに書けていました。ところが、この日、病院に提出する用紙に署名をしてもらおうとしたら、自分の名前の漢字を忘れたと言うんです」(中澤さん)

 さらに、トイレに行くにもよろよろする、ぼーっとして受け答えもはっきりしない。これらは入院前にはなかった症状だった。

 母親が退院したのはその3日後。自宅に戻ってもダメージはひきずったまま、尿失禁もひどくなった。入院前からお世話になっているかかりつけ医や訪問看護師、介護スタッフなどの協力で、症状は改善したが、落ち着くまで1カ月もかかったという。

「多くの人は入院すると病気がよくなると思っています。若い方はそうなのでしょうが、高齢者は入院によってかえって健康状態を悪くさせてしまうことがある。安易な入院は控えようと思いました」(同)

 入院することで、寝たきりになる、認知症が進む、骨粗しょう症になる、心臓や肺の機能が弱る、介護度が上がるなど、高齢者の場合、元気になるはずの入院で、起こってしまうさまざまなトラブル。

「老年医学の世界では、『入院関連機能障害』と呼び、問題視しています」

 こう話すのは、ふくろうクリニック等々力(東京都世田谷区)院長の山口潔さんだ。東大病院で物忘れ外来などを担当した後、現在は認知症やがんなどの病気を専門とする、外来や訪問診療を行っている。

「入院関連機能障害は、入院のきっかけになった病気とは別に、入院によって新たに生じた機能障害のことです。例えば、“肺炎で入院した患者さんが、点滴治療を受けて安静にしていたところ、意識障害が起こったり、歩行困難な状態になったりして、退院後に介護が必要になった”という状態をいいます」

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