新聞記者を経てフリージャーナリストとなった夫・佐々木俊尚さんと、大手自動車メーカー勤務を経てイラストレーターになった妻・松尾たいこさん。「お互い家庭というものに、あまり恵まれていなかった」という二人が築いてきた“自分たちらしい”暮らしとは──。
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妻:出会いは2001年の夏。彼が新聞社を辞めて出版社のアスキーにいたとき、私にイラストの仕事を依頼してきたのがきっかけです。
夫:確かイラストレーションの雑誌に載ってたのを見たんです。
妻:7人くらいの中から私の絵を気に入ってくれて「作者近影は一番ブスだけど、まいっか」って頼んでくれたんでしょ(笑)。
夫:そうだっけ。
妻:もう忘れてるの? で、打ち合わせをしに行ったらそっちが一目ぼれをしたんでしょ?
夫:そうでした。
妻:そのとき映画の話ですごく盛り上がって、映画を一緒に見に行くようになったんです。
夫:行った行った。ウォン・カーウァイ監督の「花様年華」ね。
妻 ハリウッド映画を選ばないところも趣味が合ったんです。
当時、夫は39歳。少し前まで新聞社の社会部記者として「オウム真理教事件」などを第一線で取材していた。
夫:とにかく忙しくて結婚を考える暇もなかったですね。デートしようと思ってもドタキャンばかりするから嫌われるんですよ。夜の9時にごはんを食べてたらポケベルが鳴って会社に呼び出されて、そのまま海外の事件現場に行かされたこともあった。
妻:そうやっていて、体を壊したんだよね。
夫:そう、耳鳴りがするから突発性難聴かと思ったら脳腫瘍だった。それで糸が切れたんです。それに僕は社会を分析するような仕事が好きなのに、事件記者は特ダネが第一で解説記事を書いても評価されない。「何か違うな」と思っていた。でも辞めるときは悩みましたよ。お遍路に行ったりもした。結局、転職して、人生を考える余裕もできたんです。
妻も大きな転身を経験している。地元・広島の大手自動車メーカーでシステム開発をしていたが、夢を諦められず、32歳で上京してイラストレーターとなったのだ。
妻:彼に会ったとき、私結婚してたんですよ。23歳から15年間くらい。でも前の夫とは「価値観が違う」というモヤモヤがずっとあったんです。「どうしても価値観が合わない。離婚したい」と言ったらびっくりされたけど、「そうか……わかった」と言ってくれて。離婚して、そのあと彼と一緒に暮らし始めたんです。