AERA 2023年2月20日号より
AERA 2023年2月20日号より

■日本での薬価どうなる

 日本でレカネマブの保険適用が認められた場合、積極的に使われるのだろうか?

「保険適用になる対象がどのように制限されるかによります。適用外に当たる患者さんや家族が『自由診療でも投与を受けたい』と希望された場合が課題として残ります」(同)

 エーザイは、アメリカにおけるレカネマブの標準価格を1人あたり年2万6500ドル(約350万円)と設定した。薬剤経済学が専門の五十嵐中・横浜市立大学准教授は、過去の傾向から「日本では100万円台後半になるのでは」と予測する。高額薬剤になるのは確かで、医療財政への影響も気がかりだ。

「価格だけでなく、薬を使う人数や期間も考慮する必要があります。使用人数は、すぐに何十万人を超えるとは思えません。脳内のアミロイドβのたまり具合を検査できて、2週間に1度の点滴投与を続けられる。これが可能な施設を……となると、おのずと人数は絞られるでしょう」(五十嵐准教授)

 エーザイの論文では、レカネマブの平均使用期間を3年6カ月と想定している。

「認知症は軽度、中等度、重度の違いが明確ではなく、薬の“やめどき”もわかりにくい。抗がん剤などに比べると、同じ薬の使用期間が長くなります」(同)

薬が生み出す価値

 五十嵐准教授は、「年間売り上げが1千億円をうかがう大型製品になるだろうが、医療財政が破綻するほどの影響はない」と見る。エーザイの提示した価格は、進行遅延による延命効果や、患者や介護者のQOLの向上、医療費や介護費、家族のケアの負担軽減など、さまざまな要素を考慮して設定されたものだ。

「日本の薬価は、過去の似た薬の価格に合わせるか、開発・製造コストに基づいて決められてきました。しかし、本来は『薬が生み出す価値』に基づいて価格を決めるべきです。今回、そうした議論が出てきたことは非常に有意義だと思います」(同)

 レカネマブの承認を、認知症の当事者はどう捉えているのか?日本認知症本人ワーキンググループ代表理事の藤田和子さん(61)はこう語る。

「新薬開発そのものは否定しません。だけど、私たち認知症の本人は、薬だけで進行を抑制できないことを実感しています」

 藤田さんは45歳でアルツハイマー病と診断された。かなり早い段階からドネペジルなどの症候改善薬を飲みながら、16年間、講演活動を続けている。

「認知症は認知機能の問題だけではありません。私は、睡眠導入剤や気持ちを落ち着かせる薬も使って、工夫して生活しています。認知症がありながらも、よりよく暮らしていくための補助の薬にも注目してほしい」

 厚労省が19年に策定した認知症施策推進大綱では、認知症との「共生」と「予防」を「車の両輪」と位置づけている。藤田さんは、「認知症とともに生きる。それを支える社会作りが一番大切で、薬はそこに付随するものだと思います」と語った。

(ライター・越膳綾子)

AERA 2023年2月20日号