白川優子(しらかわ・ゆうこ)/1973年生まれ。2010年、36歳の時に国境なき医師団(MSF)に手術室看護師として参加し、紛争地などを中心に活動。18年以降は、MSF日本事務局採用担当として勤める。著書に『紛争地の看護師』(小学館)がある(撮影/写真映像部・加藤夏子)
白川優子(しらかわ・ゆうこ)/1973年生まれ。2010年、36歳の時に国境なき医師団(MSF)に手術室看護師として参加し、紛争地などを中心に活動。18年以降は、MSF日本事務局採用担当として勤める。著書に『紛争地の看護師』(小学館)がある(撮影/写真映像部・加藤夏子)

 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。『紛争地のポートレート「国境なき医師団」看護師が出会った人々』は、白川優子さんの著書。人道援助の現場でめぐりあった、死と隣り合わせの環境下でもたおやかに日常をつむぐ市民の姿。世界中から集まる医療エキスパートたちとの汗と笑いがあふれる協働の現場。派遣先で活動を支えられた技術者や支援者の絶妙な貢献ぶり。10年以上にわたって10カ国で、計18回活動した著者が、現場に身を置く看護師ならではの視点で「一人ひとり」の日常を映し出す。白川さんに同書にかける思いを聞いた。

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 すっぽりとかぶる黒い布の下に丹念なおしゃれを施すパキスタンの女性。派遣先で医療チームが飼うかどうかと「会議」を繰り広げる横で佇む猫──。読後に浮かぶのは数々の「顔」である。本書は彼ら彼女らの「肖像画」を鮮やかに描いている。

 私は以前、著者の白川優子さん(48)に密着取材を行っている。私が知る彼女は、シリアやイエメン、イラク、南スーダンなど本来の医療が行えない紛争地などでの医療援助活動を担う、タフネスの塊のような看護師だ。空爆で吹き飛ばされて病院が消えた文字通りの「医療の空白地」での任務も切り抜けてきた。

 ページを繰ると、出会う人たちとの温かな交流が伝わる。彼女がイエメンで手術室看護師の職務に就いた際、洗濯担当の女性がベッドメイキングで敷布の形を変形させ、「シーツ・アート」で疲れを癒やした逸話もその一つ。

 世界は混迷を極め、命を守るはずの医療施設にさえ爆弾が降り注ぐ時代だ。白川さんは、「病院を撃たないで!」と湧き出す怒りをメディアを通じて伝えてきた。中立を謳う国境なき医師団(MSF)には、援助活動の現場で人権侵害や暴力行為を目撃した場合に国際社会に向けて事実をメッセージする「証言活動」があるのだ。

 緊迫感のある現場と、本書に織り込まれた穏やかな日常と。両方が共存する暮らしに身を置いてきた白川さん。

「どんなに厳しい環境下に置かれても、日常は誰のものでもなく、その人たちのもの。笑って、泣いて、みんな支え合って、どうにか生き抜いている。間違いなく紛争地には、人間がいるんです。暴力が渦巻く場所に生きる人たちのそばにいた私だからこそ伝えられることがあると思う」

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