稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
我がピンコレクションの一部。なんだかんだで自作しました。手作りオモロイ(写真:本人提供)
我がピンコレクションの一部。なんだかんだで自作しました。手作りオモロイ(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【稲垣さんの手作りヘアピンの写真はこちら】

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 2019年実行したことで自分的に画期的だったことの一つが「白髪染めをやめた」ことだ。挑戦の経緯については既に当コラムでご報告させて頂いた。それからどうなったかという話を書いておきたい。

 最初は思ったほどマイナス反応もなく推移。「(シルバーに)染めたんですか?」などという前向きなお言葉を頂くこともあり、気をよくしていたのである。

 で、ある日のこと。遠方の出張で夜、安めのビジネスホテルに着きヨレヨレでチェックイン、エレベーターに乗り込んだ瞬間、前面の大きな鏡に映し出された自分の姿にぎょっとして飛び上がった。

 そこには昔話に出てくるような、髪振り乱したヤマンバが映っていたのである! いやマジで一瞬誰かと思ったよ。そのくらい想定外にひどかった。エレベーター天井の白い蛍光灯の光に照らされた伸びかけの白いアフロ。疲れてたるんだ顔……ヤマンバどころかほぼナマハゲである。

 なんとまあ、私ってこんなふうに見えていたのかー!

 誰か言ってよー!(言えないよね……)

 あまりのショックにさらにヨレヨレになって部屋に入り、息を整え、改めて考える。私はこれからどうすべきか。

 我がアフロは白髪染めを再開しない限り、これから白さを増すばかり。ということは、これから一生ナマハゲとして生きていくのか。それでいいのか自分。いや待て。世間で「グレイヘア美人」ともてはやされている人たちは一体どうしているのか……とネットを検索したところ、重要な事実が判明したのである。

 グレイヘアには赤い口紅。髪が老化した分、顔は華やかにしてバランスを取る。これがキモだったのだ。だが私は既にメイクもやめてしまった。さてどうする。染めるか、化粧か。どちらも気が進まぬ。考えた挙句、派手なピンで「目くらまし」作戦を敢行。以来、かわいいピンですねとよく褒められる。だが本当にヤマンバ隠しになっているのか、はたまた違和感がありすぎて何か言わねばと思われているのかは不明である。

AERA 2019年12月30日-2020年1月6日合併号

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稲垣えみ子

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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