主人が行く所、どこへでもついて行きました。便所で用が済むまで、マットの上で座って待っていました。主人が出掛ける時は庭のアプローチまで追い掛け、門の前までお見送りして、主人の姿が消えるまで見送っていました。

 主人が寝る時はいつも一緒に枕を並べて眠ります。以前いた「おでん」というは所かまわず放尿をして奥さんにいつも怒られていましたが、私はそんな行儀の悪いことはしません。排便時には主人と同じように便器に腰を掛けて用をたし、終わったら、水洗便所のレバーに飛びついて水を流します。食事はキャットフードではなく、主人が与えてくれる食事をいただきます。猫は肉や魚が好きですが、私は人間の食べる食事には好き嫌いはなく何でもいただきます。主人はぜんざいが好きです。猫はこんな甘い食物は食べませんが、私は全て主人に服従していますので、ありがたくいただきます。おが歯にくっついて、いつもお雑煮やぜんざいには大苦労しますが、これが主人の好物だと思えば文句などいっさい言いません。

 主人はひどい難聴で、私の話す声は聴こえませんので、顔を百面相にして意思を伝えます。主人が難聴になってからはテレパシー能力がつきましたので、今ではお互いにテレパシーで会話をしています。主人は毎日早朝から出掛けます。最初はどこへ行くのかわかりませんでしたが、主人は画家で毎日アトリエで絵を描いているということをテレパシーで伝えてくれました。主人がテレパシーが使えるようになってからは、私が人間になるより先に、主人の方が猫になってくれましたので、今では意思の疎通は100%です。

 奥さんはテレパシー能力は少しありますが主人の方がはるかに猫化していますので、最近は、観念的な話も少しずつできるようになって、主人からの現代美術の話なども少しずつ理解できるようになりましたが、猫は感覚と直感と霊力で生きているので、現代美術のコンセプチュアルアートは大変つまらないように思えます。私達猫は、そんな小難しいコンセプチュアルなんて生きるために害にこそなりますが、霊性を高めるためにはむしろ邪魔っけです。私が人間になるより先に、主人の方が猫に早くなってしまったように思います。まあ、今日はこのへんで。

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰

週刊朝日  2023年6月2日号

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横尾忠則

横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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