横尾忠則
横尾忠則

 芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、「」について。

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「もし猫になって横尾忠則という人に飼われたら、どんな猫になると思いますか」

 そうですね、猫のようなわがままではなく、犬のように忠実な猫になってうんと可愛がってもらいますね。自分が猫でありながら猫でない猫になります。猫は我を主張することで逆に人間に可愛がってもらうのですが、もし私が猫になって横尾家で飼われるのなら、自我を殺して、とことん主人のいいなりになります。その方が私の魂の成長にもなりますから。一般的に猫は自我主張が強過ぎます。自らを殺すことで自らを生かすことを他の猫どもは知らないのです。

 私もかつては、自我の強い猫でしたが、これじゃ、人間社会のことが学べません。人間と同化することで、猫として成長することを知らなかったのです。どう考えても人間の方が知的です。まず言葉を持っています。猫は言葉がないので意思表示ができません。私は私の死後、向こうでじっくり考えました。今度生まれ変わる時は人間に、とも考えましたが、猫の最後を仕上げるためには、もう一度猫になりたいと決心しました。そこで、どこの人間の家に転生するかを考えました。ザッと見渡したところ、横尾家に生まれるべきだと考えました。

 丁度、横尾家では前にいた猫が死んで、夫婦はペットロスで悲しんでいたので、先ず横尾家に出入りしている野良猫の子供として生まれて、少し歩けるようになった頃に、ミャー、ミャーとうるさく鳴いて、横尾家の裏庭から台所に入っていきました。幸い横尾家の奥さんが、私にエサをくれました。「しめた!」と思った私は台所に日参して、とうとう横尾家の猫になりすますことに成功しました。

 かつて前世でも飼い猫だったので少しの言葉は理解していました。横尾家の主人は私を歓迎してくれました。そして私には赤ちゃん言葉で話してくれるので言葉には不自由はしませんでした。横尾家の夫婦は非常に優しく、私を孫のように可愛がってくれました。そんな夫婦を私は私の両親と決めて、両親のいうことは100%受け入れることにしました。

 猫は水がニガ手ですが、主人が風呂に入る時は必ず私を誘いました。そして私を湯船に入れて泳がすのを楽しみにしました。最初、私はおぼれて死にそうになりましたが、横尾家で住む以上は、湯船の中で必死に泳ぐ練習をして、今では水泳が唯一の愉しみになりました。

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横尾忠則

横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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