退職をせず副業も「ありですね」と前川さん。

「最近は便利で、副業のマッチングサイトもいっぱいあります。会社勤めをしながら、副業で経験を積むのも良いでしょう」

 野村証券を定年退職後、経済コラムニストとして活躍する大江英樹さんは、

「今の時代はワークロンガー。資産運用も大事ですが長く働くことのほうが大事。これは老後の肝」と言い切る。

 リタイア後の人生のため、会社勤めの50代にはこう助言している。

「早く会社で成仏せよ」。会社人生の後も、仕事人生は続く。次の居場所づくりのため、早めに気持ちを切り替えようということだ。

「在職中から定年に向けて資格を取っておこうという人もいますが、大事なのはその資格を取って何をやりたいのか、ということです」

 定年後、どんな仕事をしたいのか、ビジネスとして成立するのか、顧客は開拓できるか。これらを考えることがまず先だという。

「資格があれば仕事になると単純に考えるのは間違いです。資格よりまずは『顧客』です」

■記者、編集者から鍼灸師目指す「死ぬまで続けたいと思う」

地域の合唱団では副団長を務める堀井正明(撮影・清野夏希)
地域の合唱団では副団長を務める堀井正明(撮影・清野夏希)

「資格+経験」で顧客開拓につながりそうな仕事に就こうとしている定年間近の就活男性が、週刊朝日編集部の中にもいた。編集長代理の堀井正明(60)はこの3月に退職し、4月から鍼灸(しんきゅう)師を目指して専門学校に通う。

 これまで経験してきた新聞記者や編集者とはまったくの畑違いだが、先輩記者が定年後にスペインで始めた豆腐屋をみて、退職後は自分も違う仕事をしようと考えていたという。ただ、鍼灸師と具体的に決めたのは、ここ何年かのことだ。

 45歳で頸椎ヘルニアを発症し、50代半ばには四六時中続くしびれに精神的に追いつめられた。アテネ五輪で取材した北島康介さんが鍼(はり)治療を受けていたことを思い出し、鍼を試してみた。

 週1回のペースで2カ月ぐらい治療したころ、少し変化が見られた。

「あ、ちょっといいかも」と感じたときの心の晴れ。絶望の淵から救出されるような思い。以来ずっと鍼灸が生活の中にあった。定年延長せずに60歳での退職を決意したのは58歳のとき。その少し前から鍼灸を学べる学校の資料を集め、体験入学を進めていた。

 定年後の選択肢としては、赴任経験のある栃木県に移住し、当時学び始めた米作りに取り組むことも考えていたが、最後は「誰かの役に立ちたい」という思いが勝り、鍼灸師への道を選んだ。

「鍼灸師の資格を取得できるのは最短で63歳。国家試験もある。チャレンジングな決断だけど、楽しみでしかない。若い人に比べると記憶力は衰えているが、34年間人に会い、話を聞く仕事をしてきたという経験は大きい。これに勝るものはない。治療家として絶対に生きることだし、死ぬまで続けたいと思っている」

(大崎百紀)

週刊朝日  2023年3月10日号