実際、私が研修医であった15年前も、ほとんどのメラノーマは何も治療が効かず苦しい経験をしてきました。私がまだ研修医だった頃、孫のようにかわいがってくれた80代のメラノーマ患者さんも、何も治療が効かず最後は脳転移で亡くなってしまいました。効かない抗がん剤の副作用で苦しむ患者さんと接し、医師になりたての私はとても悩みました。抗がん剤などせずにホスピスで過ごすほうが全員幸せではないかとすら考えました。若かった私は「ホスピスを勧める」ことが患者さんの幸せだと信じきっていました。それが時として「医者がさじを投げた」と患者さんに映ることもわからずに。

 私は正直、メラノーマの抗がん剤治療に否定的な医者であったと思います。ところが、2014年、世界に先駆けて「オプジーボ」が日本でメラノーマに認可され治療が激変しました。内臓転移を来したメラノーマが「オプジーボ」で消える症例を私たちは経験することになったのです。臨床試験の結果では、約40%の患者さんに効果があり、ステージIVの5年生存率も35%と改善しました。

 実際私も、多発転移したメラノーマが「オプジーボ」で消えていく患者さんを多く経験しました。私の中でメラノーマが「諦めてはいけないがん」に変わった瞬間です。過度の期待を抱かせてはいけないと思い正直に書きますが、「オプジーボ」はとてもよく効く患者さんがいる一方で、全く効かない患者さんもいます。そして注意すべきことは、免疫を活性化するため間質性肺炎、大腸炎などの「免疫関連副作用」が出現することです。専門外の医師が安易に手を出す薬ではないですし、全てのがんを根治できるようになるには、まだまだ多くの研究が必要なのです。

 ちなみに、私たち、京都大学皮膚科の研究チームはこのオプジーボが効くか効かないか、治療前に検査で判別する方法を開発しています。我々が発見したバイオマーカーが将来、オプジーボ投与前に使われるよう日々研究に取り組んでいるところです。

 PD-1の大発見から26年、いまやがん治療の4本目の柱となったがん免疫療法。今年こそは本庶博士がノーベル賞を受賞し、日本全体に歓喜の輪が広がるのではないでしょうか。多くのがん患者さんが恩恵を受けた「オプジーボ」。10月1日のノーベル医学生理学賞の発表を私も心待ちにしています。

◯大塚篤司(おおつか・あつし)
1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医。がん薬物治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、作家として医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

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大塚篤司

大塚篤司

大塚篤司(おおつか・あつし)/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員、2017年京都大学医学部特定准教授を経て2021年より近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授。皮膚科専門医。アレルギー専門医。がん治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、コラムニストとして医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

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