日本と海外で違う「音楽×政治」の捉え方 湯川れい子が語る (2/5) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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日本と海外で違う「音楽×政治」の捉え方 湯川れい子が語る

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湯川れい子(ゆかわ・れいこ)/音楽評論家・作詞家。1936年、東京生まれ。ジャズ専門誌「スイングジャーナル」への投稿がきっかけとなり、ジャズ評論家としてデビュー。その後、ラジオDJ、ポップス音楽の評論・解説、作詞・訳詞などを手掛ける。作詞家として、「六本木心中」(アン・ルイス)、「ランナウェイ」(シャネルズ)などヒット曲多数。ボランティア活動、環境活動への参加も多岐にわたる(撮影/横関一浩)

湯川れい子(ゆかわ・れいこ)/音楽評論家・作詞家。1936年、東京生まれ。ジャズ専門誌「スイングジャーナル」への投稿がきっかけとなり、ジャズ評論家としてデビュー。その後、ラジオDJ、ポップス音楽の評論・解説、作詞・訳詞などを手掛ける。作詞家として、「六本木心中」(アン・ルイス)、「ランナウェイ」(シャネルズ)などヒット曲多数。ボランティア活動、環境活動への参加も多岐にわたる(撮影/横関一浩)

――子どもの健康を憂慮する母親たちとともに「10円玉運動」を始めた。10円玉1個あれば、当時公衆電話で3分話せた。疑問に思うことがあったら、企業に電話して質問しよう、という運動だった。

 製菓会社も化粧品メーカーも、消費者は子どもや女性でも、当時作ったり売ったりしているのは主に男性でした。男性のロジックでしか物事が動かない。ちょっとぐらいアトピーで苦しんだり、プールの水で目が真っ赤になったぐらいじゃ、企業は動いてくれないんです。

 そこで1989年、「ウーマン1000」という活動を立ち上げました。日本で1千人、アメリカで1千人、イギリスやドイツで1千人の女性に参加してもらって、オノ・ヨーコさんとオリヴィア・ニュートンジョンと、シャーリー・マクレーンに終身会員になってもらいました。92年には地球サミット(環境と開発に関する国際連合会議)がブラジルで開催。後に千葉県知事を務めた堂本暁子さんたちと「地球環境・女性連絡会」を立ち上げました。

 子どもを育てていると、理屈を超えた毛穴感覚というか、あ、これはおかしい、これは変だと思うことがある。地球はどうなるのって、問題意識が出てくる。女性が主体でないと、身近な環境問題は動かなかったんです。

 わが子の健康という、自分の足元をみつめることから始まった運動が、わずか10年ほどで世界規模の環境活動にまで広がっていきました。それもこれも、私ひとりがやってきたことじゃないんです。誰もがおかしいと思い、なんとかしなくちゃという人が増えてきた。私はその中のひとりにすぎなかったんです。

 原発再稼働に反対して国会前のデモにも参加しましたし、お立ち台に上がってスピーチもしました。でも、私は自らの人生を賭して、海や山を、地球環境をどこまでも追求する人生は送れませんでした。

 できることといえば、そうした人たちが調べてくれたことをきちんと学び、自分の意見を持つこと。表明すること。あくまでもオブザーバーのひとりです。その意味で、主たる人生にはなりえていないと思っているんです。


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