年金をもらい始めるのは、原則「65歳」からだ。ただし、本人の意思しだいで「60~70歳」の間で自由に選べるようになっている。60歳代前半でもらい始めるのを「繰り上げ」といい、逆に65歳を超えて66歳以降にもらい始めるのを「繰り下げ」と呼んでいる。いつからもらい始めるかによって年金額は変わる。65歳からもらえる年金額を基準として、繰り上げの場合は1カ月早めるごとに0.5%減額(60歳からもらい始めると、0.5%×60カ月=30%減)され、逆に繰り下げの場合は月ごとに0.7%増額される仕組みだ(70歳まで繰り下げると、0.7%×60カ月=42%増)。

 井戸さんは、「繰り上げ」はしないほうがいいという。

「繰り上げしてしまうと、万が一、障害を負って障害年金をもらえるような状態になっても、障害年金はもらえなくなります。何より、減額された年金を一生もらい続けることになるなどデメリットが大きい」

 かつては「いつ死んでしまうかわからないので、早くもらっておこう」と、繰り上げを選ぶ人がいたが、例えば60歳からもらい始めると、総受給額は65歳からもらい始めた人に76歳で追い越される。寿命が延びて長生きする確率が高くなった今、このことをどう見るか。また、サラリーマンだと、再雇用などで65歳まで働ける環境がすでに整っている。現役時代に比べるとずいぶん下がってしまうが、60歳の定年後に収入がなくなることもない。

 もちろん、個人の判断で決めることだが、「人生100年時代」を考えると、身体の調子が悪くて働けないなどの特別な事情がなければ、「繰り上げ」はあまり意識しなくてもいいのではなかろうか。

 とはいえ、受給者が「繰り下げ」に走っているかというと、まったくそんなことはない。収入がないと生活できないから、先の澤木さんのように働き場所があったり、十分な蓄えがあったりすることが、「繰り下げ」を考える大前提になる。

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