解明のきっかけは、アメリカの脳生理学の権威、バニア・アプカリアン教授が発表した論文だ。慢性腰痛の患者は健康な人に比べ、前頭葉の灰白質の一部の体積が減少していたことが明らかになった。灰白質は神経細胞が密集するところで、痛みや情動(つらい、楽しい、悲しいなどの気分)にも関わる部分だ。

「慢性腰痛の患者さんは健康な人に比べて脳の一部の機能が低下しているため、痛みに過剰に反応し、感情も増すのではないかと考えられるのです」(大谷医師)

 大谷医師らも検証を試みている。慢性腰痛患者とボランティア8人ずつの協力を得て、特殊なシリンジ(注射器の針のない部分)で腰に圧をかけ、そのときに感じる痛みと不快な気分を調べた。すると、慢性腰痛患者のほうが弱い圧で痛みや不快な気分を感じていることが明らかに。MRI(磁気共鳴断層撮影)でも、患者の脳が強く反応していた。

 このとき患者の脳ではどんなことが起こっているのか。同大会津医療センター心身医療科特任教授の丹羽真一医師は、「一つの仮説として“やる気ホルモン”と言われるドーパミンという神経伝達物質が関係している」と解説する。

「通常、脳が痛みを感じるとドーパミンが分泌され、脳内モルヒネが増えます。ところが、何らかの理由で過剰なストレスがかかったり、不安な状態が続いたりすると、ドーパミンから脳内モルヒネに至る回路が狂い、痛みを抑える機能が弱まってしまう。慢性腰痛の患者さんの脳では、そういう機能低下が起こっていて、痛みに対して敏感になり、強く感じ取ってしまうのではないでしょうか」

 さらに、その状態を強化するのが、「考え方や行動のクセ」だという。東京大学病院麻酔科・痛みセンターの笠原諭医師は、こう説明する。

「楽しかったり夢中になったりしているときは痛みを感じないが、嫌なことや不安があると痛くなるという経験をした人は多いでしょう。慢性腰痛の患者さんの場合、痛みへの恐怖心などから、マイナスに考えてしまうクセがあり、痛みが長引いてしまうのです」

 その結果、行動のクセとして腰をかばい、安静でいる「痛み行動」が起こる。安静は一見、腰に良さそうだが、実は適度に体を動かしたほうが腰痛には効くという。腰痛診療ガイドラインでも「根拠がある」として強く勧めている。

「安静を続けると腹筋や下肢の筋力が低下し、血流も悪くなるので、腰痛を悪化させる原因になります。運動自体が脳を刺激し痛みを抑える機能を改善させることもわかってきました」(前出・大谷医師)

 つまり、こうしたクセを修正すれば脳の機能が戻り、痛みへ過敏に反応する状態から脱却して、慢性腰痛を克服できるというわけだ。

 これを治療として実践しているのが、福島県立医科大病院の「リエゾン診療」だ。1996年から始めた診療体系で、整形外科と心身医療科がタッグを組み、看護師や心理の専門家など多職種で患者を診る。

週刊朝日 2016年8月19日号より抜粋