どの程度被曝したかを知るために福島の住民が首からぶら下げているガラスバッジ。

 ガラスバッジは100円ライターほどの大きさの容器に特殊なガラス素材を封入。放射線を照射した後に紫外線を当てると発光する現象を利用し、個人の積算被曝量を測定する線量計だ。

 首から紐で吊るして胸や腹の辺りに固定し、一定期間使用後に回収し、トータルの被曝量を利用者に知らせる。

 その表示が空間線量率(周辺線量当量)に対し、最大4割も低く示されることがわかった。

 住民からは「正しい数値を示さないなら余計な被曝を強いるだけだ」と反発の声が上がっている。

 ガラスバッジ製造の最大手メーカー「千代田テクノル」が測定値のズレを認めたのは、1月15日。

 伊達市で開かれた市議会議員政策討論会の席だ。

 参加者の一人が説明する。

「プレゼンテーションをした執行役員がデータを示しながらこう言ったのです。『ガラスバッジを前面装着した状態で正面から放射線を浴びれば空間線量率とほぼ同じ数字を表示する。だが、前後左右からくまなく浴びる状態では0.6~0.7倍にしかならない。福島のような全方向から放射線が押し寄せる状況をきちんと考えずに住民にガラスバッジを配ってしまって申し訳ない』と。数値の違いを認め、謝罪までしたことには正直、驚きました」

 伊達市の高橋一由市議はこう憤った。

「空間線量率より最大で4割も低く表示される線量計を配ってどうするのか?」

 ガラスバッジで住民の被曝管理をすることの問題点を一貫して唱え、当日の討論会にも参加したフクロウの会の青木一政氏も言う。

「一方向から放射線を浴びることが多い放射線業務従事者向けに設計されたものを住民の被曝管理用として使うこと自体が無謀。しかも、子供が装着した場合の影響については実験さえしていないというのですから呆れました」

 ガラスバッジは本来、原発作業員やレントゲン技師などが使用するもの。だが、福島第一原発事故以降、福島県の各自治体が住民へ配布するようになった。

 だが、実は放射線管理区域でない低線量の場所では正しく機能しないとの指摘は以前からあった。原発内で放射線管理員として働いた経験もある男性がこう指摘する。

「一定の線量がないとガラスバッジは正しく表示しない。千代田を含む大手メーカーに確認したところ、毎時10マイクロシーベルト以下の環境では性能試験をしていないため、測定値の保証はできないと言われました。特に横方向から放射線を浴びた場合、形状的に0.6倍程度の被曝量しか反映されないというのです」

 この男性は3カ月、ガラスバッジに一定量の放射線を当てる実験をしてみた。すると積算量として3.8ミリシーベルトを示さないといけないのに、0.45ミリシーベルトしか測定されなかったという。問題なのは、こうしたガラスバッジ測定で得られた正しくない個人被曝線量データが、除染、帰還政策などの復興を進める際の参考に使われていることだ。一例を挙げよう。

 昨年8月、環境省と復興庁などは「除染・復興の加速化に向けた国と4市の取組」の中間報告をまとめ、伊達市などのガラスバッジ調査の数字を基に、空間線量率が高くても個人線量は低く抑えられるなどとした。

 具体的には毎時0.3~0.6マイクロシーベルト程度の地域に住んでいても年間被曝量は1ミリシーベルト程度とし、それまで目安としていた毎時0.23マイクロシーベルトを棚上げしてしまったのである。

 同時に被曝管理を空間線量率ではなく、個人線量で行う方針も打ち出した。だが、肝心の個人線量を計測するガラスバッジの値が低く表示されていれば、この政策は意味をなさなくなる。

 それでは、住民の実際の被曝量はどれだけなのだろうか。千代田テクノルのガラスバッジを使用する南相馬市が昨年6月から8月にかけて約7千人の市民を対象に実施した個人線量調査がある。それによると年間被曝推計値が1ミリシーベルトを超える人は13%で、9割近くが国の目標値内に収まる。だが、実際は4割低いことを考慮して再推計すると、実に全体の40%の市民が1ミリシーベルトを超える被曝をしていることになるのだ。

 南相馬市や福島市は「メーカーから4割低く表示されるという説明を受けたことはない」と困惑。伊達市に至っては、「当該の討論会に職員は参加していないので、今後、事実関係を確認していく」と話した。

 千代田テクノルに取材をすると、ガラスバッジが空間線量率よりも4割低く表示されることに対して、こう回答した。

「(4割低くなることについて)そう説明しましたが、数値は本来、人への被曝の影響を測るべき『実効線量』とほぼ等しいものです。我々は法令に沿ってきちんと精度が確認された測定器を販売しているので、福島の住民に使用してもらっても差し支えないものだと考えています」

 また、4割低いデータが行政に使われていることに関しては、「メーカーが答える立場にはありません」と回答した。

 福島で子供の甲状腺検診を行っている北海道がんセンター名誉院長の西尾正道氏が言う。

「いまの低線量の福島ではガラスバッジの数字は当てになりません。実効線量だって正しく検証されていないのです。放射線を扱う仕事をしている人たちでも年1ミリシーベルト以上の被曝をするのは全体の約5%。それなのに福島の子供たちは間違いなく年間1ミリ以上、被曝している。このままいけば10年後には免疫不全などの健康被害が増える危険性がある。帰還を進めるなら、最低でも年1度の全身健康管理が絶対に必要です」

 住民が将来の健康に不安を抱くようなことがあってはならない。

(ジャーナリスト・桐島 瞬)

週刊朝日 2015年2月6日号