Masato
デビュー作『さようなら、オレンジ』が大江健三郎賞を受賞して話題になったオーストラリア在住の作家・岩城けい。『Masato』は彼女の2年ぶりの新作だ。 語り手の「ぼく」こと安藤真人は車関係の会社に勤める父の転勤で、家族とともにオーストラリアに引っ越してきた。地元の公立小学校に編入した真人は、最初こそ英語がわからず孤立するが、サッカークラブに入ったことで自分の居場所を見つけ、友達も得て、急速に現地になじんでいく。しかしその頃、母親は……。 <真人くんはこっちの学校に行っているんだから、もう英語はペラペラでしょう、って大人は顔を見るたびに言う><英語が話せたらかっこいいよ、それに将来、ぜったい仕事に困らない。これからの時代、英語、プラス、コンピューターでもスポーツでも、なにかやれればいうことなしだ。世界で対等にやりあえる> このような幻想を抱いている人は多いだろう。真人の両親もそうだった。しかし翌年、6年生に進級した真人の前に立ちはだかったのは「サッカークラブをやめて日本語の補習校に通え」という母の命令だった。 <6年生の漢字もまるで知らないでしょう、算数だって追いつかないと。まあくん、日本だったらこの4月から中学生なのよ、そんな調子で日本の中学なんてとても通えない> 真人は叫ぶ。「I hate you!(お母さんなんか、大嫌いだ!)」 海外駐在員となった親と子の葛藤をこれほど細やかに、かつストレートにつづった小説は珍しいかも。英語のほうが得意な息子と英語が話せない母。現地の学校に進学したい息子と日本に帰りたい母。<大人はみんな、あんなに英語ができたらいいって口ぐせみたいに言うのに、ぼくらが英語でしゃべると「日本語でしゃべりなさい」「日本人だろう」ってイライラした声で怒る> でも、わかるよねえ、真人の母が感じる「置いてけぼり」感も。ナショナリズムとは案外、こういう疎外感からはじまるのかもしれない。
週刊朝日
10/8