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50代ひきこもりの兄は不自由のない暮らし 「母親の役割を求められるのは嫌」40代女性が抱える親亡き後の不安
写真はイメージです(gettyimages)
母親が倒れたらどうしよう――。
東日本に住む女性(40代)は、そんな不安を抱えながら日々を送っている。
女性には50代の兄がいる。兄は高校時代、同級生からのいじめが原因で学校を辞めひきこもるようになった。その後、家族との関係も悪化し実家近くで一人暮らしを始めた。
以来、兄の生活は両親に依存してきた。父親は昔から兄に無関心だったので、生活費は全て母親が工面した。しかも母親は、毎月かなりの額を兄に渡し続け、兄はそれで不自由のない暮らしを続けてきたという。だがその母親もすでに80代前半。今は健康だが、いつまで働けるかはわからない。
女性はすでに実家を出て家庭を持っている。兄は、母親からの金銭的援助を得られなくなったら、次は自分にお金を要求してくるようになるかもしれないと思うと、女性は気が気ではない。
女性は言う。
「母親の役割を私に求められるのは嫌です」
女性は兄との連絡は一切絶っているが、夫と相談し、兄の知らない場所への引っ越しを考えたこともあった。だが、住所を突き止められる心配があるので諦めた。
「相談は受け付けていない」
ひきこもっている本人を部屋から暴力的に連れ出し施設に入れる、いわゆる「引き出し屋」と呼ばれる民間業者のことを調べたこともある。だが、料金が高額なうえに、本人の心身が病んだりするなどのトラブルが絶えないことを知りやめた。
一度、自治体の相談窓口に行ったこともあった。しかし、窓口で「妹からの相談は受け付けていない」と一蹴された。両親に動いてもらおうとしたが、両親は行政に相談しても無駄だと考えていて動いてくれなかったという。
いま女性は母親から、「あなたは関係ないから気にしないように」と言われている。しかし、不安を拭えない。
「関係ないで済まされる話じゃないような気がしています。ただ、できる範囲での協力はしたい、でも関わると自分の生活が壊れてしまう気がして、割り切りたいけど割り切れないという気持ちをずっと抱えています」(前出の40代女性)
内閣府は2023年、15~64歳でひきこもり状態にある人は全国に推計で146万人いるという調査結果を発表した。特に80代の親が50代のひきこもり状態の子どもの生活を支える「8050問題」が、社会課題として存在する。だが、兄弟姉妹が抱える苦悩は見過ごされてきた。
「かつて、ひきこもりは、親子の問題とか親の責任と言われてきました。しかし、いま起きているのは、親が亡くなったり要介護状態になったりして、兄弟姉妹が親代わりの負担を強いられる現実です」
こう指摘するのは、長年ひきこもりの現場を取材してきた「KHJ兄弟姉妹オンライン支部」支部長で、ジャーナリストの池上正樹さんだ。
民法上、親子や兄弟姉妹は互いに扶養義務を負うが、兄弟姉妹の場合はその程度は低く、経済的な余裕がある場合にのみ生じる。しかし社会の空気として、兄弟姉妹が面倒を見なければいけないという圧力が強い、という。
「直接言われなくても、周囲から兄弟姉妹が世話をするべきだという無言のプレッシャーを感じます。割り切って自分の人生を楽しめればいいけれど、多くの兄弟姉妹は、ひきこもり状態にある本人に対して、自分だけ幸せになっていいのかと罪悪感を抱いてしまいます。だから苦しいし、しんどいのです」(池上さん)
「精神がすり減っています」
約30年ひきこもっている妹の面倒を見ている女性(50代)も、その苦悩を語る。
「妹から毎日来る電話で精神がすり減っています」
妹は20代の時、職場での人間関係が原因でひきこもるようになり、その後、精神疾患も発症した。両親が健在だった時は両親が妹の面倒を見ていたが、父親と母親も10年ほど前に亡くなった。やがて、妹が一人暮らしを始めるようになると、頻繁に電話がかかってくるようになったという。
多い時は1日40~50件。体調不良の訴え、悩み――。
「妹の甘えと、私への依存だと思います」(前出の50代女性)
最近になってようやく、女性は妹と距離を置けるようになり、電話の回数も減った。それでも毎朝、必ず妹から電話がくる。10~20分、日常の出来事がほとんどだ。
電話で話したくない日もあるので「ショートメールに送って」と送ると、あまり良い反応ではない時もあり、とにかく気が休まることはない。
「いつも妹が隣にいるようで、どこかに出かけても気になります」
そう話す女性は、「きょうだいは血のつながった他人」と語る。できることなら、妹と縁を切りたいと。しかし、それはできないと言う。
「私の性格だと思います。どちらが先に倒れるかわかりませんけど、できる限りはやるつもりです」
ひきこもりの兄弟姉妹を追い詰めるものは何か。
先の池上さんは、「ひきこもり状態にある人が生きていくために必要な、国の制度の不備が根本的な問題」と指摘する。
ひきこもり状態は病気や障害と違い、社会の人間関係で傷つけられてきた人たちが家に避難する、生き延びるための防御反応だ。診断や障害認定を受けたり就労したりすることを促す従来の支援では、外に出られない多くの人の根本的な解決になり得ず、本人も家族も行き場がなく取りこぼされてきた。
「制度がないから、行政も支援者もどうしていいかわかりません。結局、巡り巡って、残された兄弟姉妹が、負担を被ることになってしまいます」(池上さん)
池上さんは、ひきこもり状態にある人を、その兄弟姉妹が世話する選択肢も、しない選択肢も、どちらも尊重されるべきだと強調し、こう話す。
「兄弟姉妹にも、守るべき自分の生活や家庭があります。しかし、そんな兄弟姉妹が抱えるしんどさは、社会に想定されていません。だから行政に相談しても『本人や親から連絡をください』と断られることが多く、誰にも相談もできないまま縁を切るべきかどうかの2択を迫られているのが実態なんです」
国は現在、全ての都道府県と政令指定市などに「ひきこもり地域支援センター」を整備し、支援の拠点に位置づけている。ただ、働けない本人が生きていくための選択肢は少ない。
KHJでは、毎月第3土曜日にオンラインで「ひきこもり当事者の兄弟姉妹」を対象とした例会を開いている。また、都内でも定期的にリアルな「兄弟姉妹の会」を開催するなど、兄弟姉妹の居場所づくりに力を入れている。池上さんはXで自身が支部長を務める「兄弟姉妹オンライン支部」の情報を発信中だ。Xのアカウントは、「@chakichakiike」。
制度の狭間に取りこぼされた「8050世帯」に象徴される、ひきこもり状態にある人の親亡き後の問題は、今後ますます深刻化していくと見られる。池上さんは、ひきこもりの兄弟姉妹が負担を強いられる現状を変えるには、親亡き後の個々の実情を想定した国の保障が必要と説く。
「ひきこもり状態にある人は、社会や地域での人間関係に傷つけられていることが多く、無理して働かなくてもいいと思います。ただ、兄弟姉妹を頼らなくても、本人が生きていける保障を、社会でつくることが求められます」


