福井しほ
ONE PIECE、幽☆遊☆白書、キングダム…「実写化」ヒット作に共通する原作へのリスペクトと独自性
個性的なキャラクターを実写的に解釈し、ストーリーも大胆にアレンジしているが、「ONE PIECE」らしさが随所に散りばめられている/Netflixシリーズ「ONE PIECE」独占配信中 (c)尾田栄一郎/集英社
原作が優れているがゆえに「減点」されがちな実写化作品。キャラクターの改変や再現しづらい独特の世界観に実写作品を厳しい目でジャッジするファンも多かった。だが昨今は、「ONE PIECE」や「キングダム」などビッグタイトルの成功例が相次いでいる。専門家は、どう見るのか。AERA 2024年2月19日号より。
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トレードマークの麦わら帽に、赤いシャツ。曇りのない笑顔をみせるのは、尾田栄一郎さんによる大人気漫画『ONE PIECE』の主人公、モンキー・D・ルフィだ。海賊「麦わらの一味」の船長で、海賊王を目指して大海原を航海する姿に多くのファンが夢中になっている。
そんな同作がNetflixで実写ドラマ化したのは、昨年8月。全世界での累計発行部数が5億部を超えるヒット作の実写化、それもハリウッドでの制作ということも話題になった。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」独占配信中 (c)尾田栄一郎/集英社
世界が見たがる実写化作品が、いま増えている。日本の漫画やアニメが高く評価されている表れだが、ここにきてビッグネームの実写化が相次いでいるのだ。そこで今回、漫画やアニメ、映画に通じる専門家2人が忖度なしで評価。それぞれの魅力を語ってもらった。
まずは、冒頭の「ONE PIECE」から。
「期待半分、怖さ半分で視聴しました」
そう振り返るのは、アニメウォッチャーの小新井涼さん。同作は配信時点で単行本が106巻まで発売され、アニメシリーズでも1千話はゆうに超える。対して今回映像化されたのは、全8話。大海原を航海する海賊の世界をうまく描けるのか、キャラクターの魅力がどうなるのか、ファンのなかには不安を感じる人も多かったという。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」独占配信中 (c)尾田栄一郎/集英社
93カ国でトップ10入り
「でも、実際に見て不安は吹き飛びました。アニメでいえば50話分ほどのストーリーを描いていたので、もちろんカットしている部分もあります。ただ、押さえるべきところはしっかり押さえられていました」
世界観を忠実に再現しようという原作へのリスペクトも感じたという。
「原作の尾田先生が、納得できない内容であれば配信を延期するという約束もあったと明かしていました。原作者がしっかり監修しているからこそ、大胆なアレンジがあっても世界観がブレなかったのでは。まさに今後の実写化の理想形です」
同作は、配信から2週間足らずで、視聴時間が2億8千万時間を超えるロケットスタートを切った。英語シリーズ作品の週間グローバルトップ10では1位を飾り、日本を含む世界93カ国でトップ10入り。続編の制作も決定している。
麦わらの一味の一人、ウソップ。原作では長く伸びた鼻が特徴だが、実写では誇張した表現などは使っていない。それでも細部の表現や演技力からウソップであることが伝わってくる/Netflixシリーズ「ONE PIECE」独占配信中 (c)尾田栄一郎/集英社
かつて実写化といえば、原作の魅力を踏みにじったり、期待を大きく下回ったりと酷評されることも多かった。だが近年は、実写作品のヒット作が続いている。24年夏にシリーズ4作目の公開を控える「キングダム」や、あるシーンを9割撮り終えた後に再撮影したというNetflixシリーズ「幽☆遊☆白書」など、劇場・配信ともに漫画原作の実写化の勢いが目立つ。
北村匠海さん演じる浦飯幽助。スピード感あるアクションシーンは手に汗握る展開の連続/Netflixシリーズ「幽☆遊☆白書」独占配信中 (c)Yoshihiro Togashi 1990年-1994年 原作/冨樫義博「幽☆遊☆白書」(集英社「ジャンプコミックス」刊)
アニメーションと実写映像を比較分析した『映像表現革命時代の映画論』の著書がある杉本穂高さんは、2010年以前と以後とでヒットする実写化の条件が大きく変わったと指摘する。
「00年代の実写化を振り返ると、原作を再現することに今ほどこだわっていない作品も多くありました。たとえば、『ドラゴンヘッド』(03年)や『どろろ』(07年)は、あの原作の素晴らしさに対して、どうして……という仕上がりでした」
もちろん、すべての作品がそうだったわけではない。藤原竜也と松山ケンイチが演じた「デスノート the Last name」(06年)は、二人の演技はもちろん、CGで再現された死に神や世界観がマッチしていると原作ファンからも評判が高かった。だが、首をひねる作品も多かった。それが、10年代から少しずつ変わり始めたという。
綾野剛さん演じる戸愚呂弟の再現度の高さはSNSでも大きく盛り上がった/Netflixシリーズ「幽☆遊☆白書」独占配信中 (c)Yoshihiro Togashi 1990年-1994年 原作/冨樫義博「幽☆遊☆白書」(集英社「ジャンプコミックス」刊)
背景には、SNSなどでファンの声が可視化されるようになったことがあるという。
「大根仁監督の『モテキ』(11年)は、原作の魅力を引き出したうえで実写化作品としてもおもしろいという評価がされるようになりました」
なかでも、杉本さんが「実写化作品のエポックメイキングだ」と見ているのは、佐藤健が主演を務める「るろうに剣心」だ。12年に公開されてから、映画化も計5作まで続くヒットシリーズになった。
生身の人間が持つ迫力
「アクション映画において、『るろ剣』が果たした役割はとても大きい。漫画ならではのアクションを生身の人間がどう表現すべきかを突き詰めて考えている」
アクション作品では、作品全体を統括する監督のほかに、アクションを組み立てる監督も起用する。いい作品になるかどうかは、このアクション監督の手腕が大きく関わってくるという。
「その点、『るろ剣』は日本人として初めて台湾の金馬奨最優秀アクション監督賞を受賞した谷垣健治さんがアクション監督を担っています。経験も豊富で、香港仕込みのスピーディーなアクションと刀を持って戦う日本のちゃんばら要素をうまく融合させ、新しいスタイルのアクションを作り上げました」
シリーズを重ねるごとに生身の人間の迫力が増していく/キングダム 運命の炎 プレミアム・エディション 【初回生産限定】8,789円(税込)/通常版5,280円(税込)発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント (c)原泰久/集英社 (c)2023 映画「キングダム」製作委員会
杉本さんは、「生身の人間の迫力」こそ実写化の醍醐味だと指摘する。
「3DCGやVFXも素晴らしい技術ですが、アニメや漫画にはない実写の強みは、生身の人間で頑張ること。『るろ剣』はその姿勢が優れていました」
話題作に共通するのは、生身の迫力と最新技術の双方が組み合わさっていることだという。
「大人数の肉弾戦が魅力でもある『キングダム』は、実写化ならではのスペクタクルな映像が堪能できる。大軍勢の戦いをCGアニメーションで見ても、そんなに驚かないじゃないですか。本物の人間がぶつかっているからこそ出せる迫力は、まさに実写化の良さを発揮しています」
キングダム 運命の炎/プレミアム・エディション 【初回生産限定】8,789円(税込)/通常版5,280円(税込)発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント (c)原泰久/集英社 (c)2023 映画「キングダム」製作委員会
「減点方式」からの脱却
成功のカギは他にもある。先の小新井さんは「軸」の置き場所が重要だ、と。
「脚色をするなかでも『ここだけは変えてはいけない』という軸を守れるかが、作品の魅力を左右する。原作にはない恋愛要素を入れたり、キャラクターの設定を変えたりといったことがあれば、作品の世界観が一気に損なわれてしまいます」
公開中の映画「ゴールデンカムイ」でいえば、主人公の杉元佐一とアシリパの関係性がどう描かれるか、不安視する声も多かったという。
「ゴールデンカムイ」全国にて大ヒット公開中 (c)野田サトル/集英社 (c)2024映画「ゴールデンカムイ」製作委員会
「ファンにとっては、二人が相棒の男女として描かれていることも重要な要素の一つなんです。そうした関係性が変えられていたらどうしようという不安もありました。でも、原作と変わらない関係性を感じることができたし、次回作への期待も高まりました」
実写ならではのずばぬけた描写力にも言葉をのんだ。川に入るシーンでは、北海道の厳しい冬の寒さがスクリーン越しに伝わってきたという。
「北海道に住んでいることもあり、よりリアルに感じ取れました。CGのヒグマが襲ってくる恐怖と絶望感も、実写だからこそ描けたものだと思います」
昨年11月には、任天堂で長く愛されるゲームシリーズ「ゼルダの伝説」がハリウッドで実写化されることが発表された。24年冬には人気漫画『推しの子』の実写版も公開される。
魅力的な原作であるがゆえに、「減点方式」で評価されやすかった実写作品。その世界が変わり始めている。(編集部・福井しほ)
※AERA 2024年2月19日号より
話題の実写化4作品を徹底分析!
■Netflixシリーズ「ONE PIECE」
AERA 2024年2月19日号掲載
■Netflixシリーズ「幽☆遊☆白書」
AERA 2024年2月19日号掲載
■キングダム 運命の炎
AERA 2024年2月19日号掲載
■ゴールデンカムイ
AERA 2024年2月19日号掲載
この人に聞いた!
■杉本穂高さん すぎもと・ほたか/映画ブロガー・ライター。1981年神奈川県生まれ。著書に実写とアニメーションについて分析した『映像表現革命時代の映画論』
■小新井涼さん こあらい・りょう/アニメウォッチャー。1989年埼玉県生まれ、現在は北海道に在住。放送中のアニメを毎週約100本全視聴する無類のアニメ好き。著書に『鬼滅フィーバーはなぜ起こったか? データで読み解くヒットの理由』
AERA
2024/02/17 10:30