本音――作中の真実のそれはどこにあったのか。人間関係に不器用で、うまく立ち回れない。これは真実にかぎらず、“いい子”が抱える生きづらさのひとつなのだろう。

 子どものころに「嘘をついてはいけません」と親から言われた人は少なくないはずだが、自分の社会が広がり付き合う人が増えると、それだけでは対処できなくなってくる。そして、方便としての嘘や計算、打算といったものを身につける。

 本作のもう一人の主人公・架は、真実のこんなエピソードを知る。学生時代、男女グループで旅行にいくことになった。男性もいると知れば、親が許可してくれないことはわかっている。そんなとき、友だちと口裏を合わせ、親には女性だけの旅行だといって出かける人が多いのではないか。嘘は嘘だが、特に罪のないものだといえる。しかし真実には、それができなかった。嘘や計算をよくないものとして、身につけてこなかった。

 マイさんにも、似た経験がある。

「学生のときからTというミュージシャンが好きだったのですが、なんと会社の先輩が親戚だったんです。ツアーで隣県にくるからライブに行こうよと誘っていただきました。でも、社会人になってもウチの門限は21時。父は常々『オンナが夜9時以降に出歩くのはみっともない!』と言ってました。だから先輩に門限のことを話し、19時45分にはライブ会場を出なければならないと伝えたところ、『19時が開演なのに!?』と驚かれました」

 その先輩は、マイさんが憧れのミュージシャンを目の前にして本当に19時45分に会場をあとにしたとき、もっと驚いたに違いない。マイさんには、親が「それなら帰宅が遅くなるもの仕方ないだろう」と納得するような嘘をついて、ライブを楽しむという発想がなかった。先輩からは後日、「もう誘わない」と言われた。

 いい子の従順さは、家庭内では一定の評価が与えられるが、社会に出るとこうもちぐはぐになる。

『傲慢と善良』には、「人生で一番刺さった小説」という感想の声が続々と届いた。それは恋愛や婚活に悩み、疲れ、自分自身を見つめ直していく真実と架への共感だけでなく、親子関係――善良な人たちが営む一見特に問題のなさそうな家庭のなかにひそむ傲慢さ、それによって生じる人間関係や恋愛のつまづきに対する共感も、多く含まれているのではないか。

(取材・文/三浦ゆえ)