――執筆のきっかけは何だったんですか

 版元の朝日新聞出版からは『江戸を造った男』を出していたので、その時の打ち合わせで、私が「火坂さんの擱筆は残念だ」と話したところ、たまたま私の担当編集が火坂さんの担当もやっていたので、その無念の思いを聞きました。それで、どちらともなく「引き継いで書いたらどうか」という案が出て、とんとん拍子に決まったのです。

――故人の擱筆を引き継いで書くというのは珍しいのでは

 前例を調べたのですが皆無に近いですね。コラボレーションという意味では近年、故伊藤計劃氏と円城塔氏の『屍者の王国』があります。しかし『屍者の王国』は伊藤計劃氏の原案と書き出し部分を基に円城塔氏が大半を執筆したもので、厳密には「書き継ぐ」という形ではありません。

 生きている作家どうしがリレー小説を書くという試みは、しばしばなされていますが、お亡くなりになった方の後を生存者が引き継ぐという例は、極めて少ないようです。

『北条五代』の特徴は、火坂さんが初代早雲、二代氏綱、そして三代氏康の登場までを書き終わっていたので、文字通り「書き継ぐ」ことになった点ですね。すなわち故人の遺稿を後進が引き継ぐという正真正銘の「リレー小説」になったと思います。

――やりにくいことはありませんでしたか

 全くありませんでした。北条氏は手の内の題材なので(笑)。とくに三代氏康のパートは多少なりとも火坂さんの構想メモが残っていたので、それを生かしました。登場する人物も、できる限り火坂さんが造形したキャラクターを使いました。四代氏政以降になるとメモもなかったので、自由に書き進めました。

 すでに私には『黎明に起つ』(講談社文庫)という早雲の一代記があるので、ある意味で都合よかったという一面があります。というのも初代早雲を書いた後、二代以降を単巻で書いていくつもりはなかったので、火坂さんの擱筆があったからこそ、私の書く三代氏康以降の物語が日の目を見たわけです。

――たいへんだったことはありますか

 とくになかったですね。ただ手慣れた題材だったので、執筆のモチベーションを保つのはたいへんでした。かつて何度も歩いた道をもう一度歩くような感覚ですね。すでに私には、『黎明に起つ』以外にも、多くの北条氏関連作品がありますから。

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なぜ北条氏を描くのか?