――伊東さんの描く北条作品の特徴はどんなところにあるのですか

 北条サーガに限りませんが、史実を重視している点です。「小説は物語なんだから、面白ければ何でもあり」という意見が散見されますが、それは違います。

 ピカソは写真のようなデッサンができたからこそ、あれほどデフォルメされた絵を描くことができたのです。つまり史実をしっかり学んでいる作家の書く小説は、創作部分にも説得力が生まれてくるのです。さらに「知っているからこそ」の奇想天外な発想さえ生まれます。

 奇想天外と言えば山田風太郎氏でが、風太郎氏も実はまじめで勉強熱心だったと聞きます。医者の資格を持っているくらいですからね。風太郎氏にはピカソとの共通性を感じます。

 その逆に、史実をさほど歴史を学ばずに書いた作家の作品は、なぜか読者の肚に落ちてこないのです。それは作家が史実を完全に消化しきれていないので、説得力のある物語になっていないからです。

 私の北条氏関連作品の特徴としては、自家薬籠中の題材ということもあり、新解釈が連打できる点ですね。そこかしこに小さな新解釈をちりばめ、その一方でホームランも仕掛けてあるという構造です。もちろん読者が史実と定説を知らなければ新解釈も何もないのですが、その場合は虚心坦懐に物語を楽しめばよいだけです。小説を読むのに、史実や定説を踏まえる必要はありません。

――もう北条氏は書かないのですか

 予定はありません。今回の『北条五代』で卒業してもいいかなと思っています。

 というのも作家は同じ場所にとどまっていると進歩し難いからです。どうしても過去作の模倣になってしまい、新解釈なども過去に考えついたものに従ってしまいがちです。つまり考えることをしなくなるのです。その点からも、作家はどんどん脱皮を繰り返していかねばならないと思っています。

『北条五代』は、私の北条作品の集大成的大作であり、この作品でサーガに終止符を打てるのは、素晴らしいエンディングでもあるわけです。