小沢は、選挙制度改革を突破口とした政党システムの再編に関しても、政界随一のデザイナーであった。新たな政党の立ち上げは、細川政権から新進党結成の時期の小沢の思想と行動の中心的テーマであった。この点について、以前から疑問があった。田中角栄の直弟子で選挙の勝ち方を誰よりも熟知している小沢が、小選挙区制を導入しただけで自動的に二大政党制ができると思っていたはずはない。小沢がモデルとしていたイギリスでは、保守、労働の二大政党が650の定数のうち、それぞれ200余りの牙城を持っている。自民党に対抗する政党は、風に乗って政界に入ってきた議員を集めるだけではできないことは、百も承知だったろう。選挙制度改革から新党結成にいたる戦略をどう考えていたのか、もっと詳しい話を聞きたかった。

 小沢には、政党再編の中心に立つオーガナイザーという顔もある。彼は、自民党の最中枢で仕事をしただけに、従来の政党や統治システムの限界を理解しており、自民党という岩盤を破壊することなしに、システムの刷新はできないと信じていた。しかし、細川政権、小渕政権における仕掛けは失敗に終わった。あと一歩のところで止めを刺せないという悔しさを味わったわけである。この間の小沢の野望と挫折も、本書で明らかにされている。

 2009年の民主党政権こそ、自民党を壊滅に追い込む最大の好機となった。先に紹介したように、小沢は政策調整の要として大車輪の奮闘をした。同時に、民主党の地域基盤を強化する課題にも取り組んだ。本書で紹介されている農業土木予算の大幅削減、地方からの陳情を党の県連を通すというルートの整備こそ、自民党との決戦の武器となった。

 しかし、鳩山内閣、民主党執行部は戦略の共有ができていなかった。本書の解釈だと、小沢が有能で政務も党務も一人で抱え込んでいた一方、内閣に入った政治家の政治主導は空回りするばかりで、次の選挙に勝って民主党政権を続けるという問題意識を持っているのは小沢だけだったということになる。小沢の下に、かつての竹下派の七奉行のような有能な政治家のチームを作っていたらと悔やまれる。

 消費税増税をめぐる対立が、民主党の分裂に至ったことは、政権交代のプロジェクトを振り出しに戻した大失敗であった。これについては、小沢にも責任があったと私は思う。この点について、小沢の本音を引き出すことも著者の課題である。続編を待ちたい。

 安倍首相が退陣し、枝野幸男を指導者とする野党の塊ができることになった。次の総選挙は久しぶりに二大勢力が政権を争う選挙となる。小沢にとっては文字通り最後の一戦となる。この30年の試行錯誤の上に、政治の刷新を実現することが野党勢力の任務である。評価はいろいろあるだろうが、小沢の軌跡を検証し、その功績を共有することが次の戦いの必須条件である。

山口二郎プロフィール
法政大学法学部教授。著書に「民主主義は終わるのか」など多数。