闘病中も池江璃花子選手は日大入学「早く治して二郎さんと練習したい」水連会見【全文】 (2/5) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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闘病中も池江璃花子選手は日大入学「早く治して二郎さんと練習したい」水連会見【全文】

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西岡千史、福井しほdot.
池江璃花子選手 (c)朝日新聞社

池江璃花子選手 (c)朝日新聞社

三木二郎コーチ(撮影/田中将介)

三木二郎コーチ(撮影/田中将介)

──オーストラリアの検査の時点で診断結果は出ていたのですか。

三木:それに関してはまだはっきりわかっていなかったので、日本水泳連盟のドクターと話した結果、一日も早く帰した方がいいということで、2月8日に決断しました。

──池江選手はSNSで「混乱した」とのことでしたが、動揺はあったのでしょうか。

上野:私もそうですし、本人もこのような病名を言われるとは思ってもいなかったので、思いもよらぬ診断名でした。本人もショックだったと思います。それでも、日本選手権出られるのでは、来年のオリンピックはというところまで頭が回らなかった状況でした。しかし、1時間もしない間に前向きな発言が出ていましたので、この病名を発表するということも、彼女なりの決断だと思って、ご判断いただければと思います。

──池江選手本人が病名を発表したいと決めた時のやりとりは。

上野:昨年のオーストラリア合宿は彼女を大きく成長させた合宿でしたので、本人もこの合宿は昨年の流れで行いたいと。正直、三木コーチはあと二日で帰国しなければならないという判断で迷ったのですが、今考えるといち早く帰国するという判断は間違っていなかったと思います。

 また、日本選手権を断念しなければいけないということで、この病名を発表しなければならないということが一つ。そして、彼女をサポートしてくれるスタッフ、またはファンのみなさん、スポンサーのみなさん。また、今年はオリンピック前年ということで、他の選手への影響も含め、リレーの出場権を取らないといけないということで、いち早く病名を発表するという決断になりました。それは彼女からの訴えも含めて、決断をしたということです。

──具体的にどのようなやりとりをしたのですか。

上野:今日の本人のコメントは彼女がつくったものなので、彼女の発したメッセージは誰が手を入れたということはありませんので、それでみなさんが感じていただければと思います。


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