打球を追っていた外野手がフェンスに手を挟まれて抜けなくなるというまさかのアクシデントに見舞われたのが、1998年の1回戦、日大東北vs宇部商。

 問題のシーンは6回裏。4対2とリードした宇部商は、7番・清水夏希が左翼線に大飛球を打ち上げた。レフト・渡辺功之が必死に追いかけたが、勢い余ってフェンスにぶつかって転倒。その際に右手がフェンスに張られたラバーの下にあるブリキ板と、人工芝を張った側溝蓋の間に挟まってしまった。

 渡辺は左手にはめたグラブをバタつかせ、体を2度、3度ねじってもがいたが、起き上がることができない。この間に打者走者の清水はダイヤモンドを1周し、5点目のホームを踏んだ。タイムがかかっていなかったことから、インプレーと見なされ、ランニングホームランが記録された。

 だが、渡辺は依然としてフェンスに腕を挟まれたまま。清水の走塁に目を奪われていた観衆もようやく異変に気づき、ざわつきだした。センター・奥村泰宏が真っ先に駆けつけ、「大丈夫か?」と声をかける。橘公政三塁塁審や三塁側ベンチにいた日大東北の控え選手たちも心配そうに飛び出してきた。

 救急救命士の資格を持つ橘塁審は「手を動かすな」と渡辺に指示し、大会本部に石鹸とドライバーとバールを持ってくるよう要請。両校の応援スタンドから「頑張れ!」のコールが飛び交うなか、挟まった箇所に石鹸を塗って抜けやすくしたあと、バールでブリキ板を持ち上げ、ドライバーでブリキ板のネジ2つを外し、約10分後、救出に成功した。

 渡辺は右手指の擦り傷で血が滲んでいた程度で、骨にも異常がなかったのが幸いだった。アイシングを受けたあと、患部を包帯で巻かれ、自力で球場通路まで歩いていったが、大事をとって交代することになった。

 「手が抜けたあとはプレーするつもりだったのに……」と残念そうな渡辺は「甲子園は恐ろしいところです」とポツリ。

 この事件後、球場側は両翼に緑色のガムテープを貼る応急工事を行い、“甲子園の魔物”を封じ込めた。

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ボールが消えた!