Train Simulator誕生秘話 向谷実「音楽家の僕が鉄道ゲームを作ったワケ」 (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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Train Simulator誕生秘話 向谷実「音楽家の僕が鉄道ゲームを作ったワケ」

連載「僕が愛する鉄道と音楽」

収集したきっぷ(硬券)の数々(撮影/写真部・小山幸佑)

収集したきっぷ(硬券)の数々(撮影/写真部・小山幸佑)

向谷実(むかいや・みのる)/1956年、東京都生まれ。77年に「カシオペア」のキーボーディストとしてデビュー。95年に世界初の実写版鉄道シミュレーションゲームを発売。鉄道各社に技術を評価され、運転士の教育用シミュレーターなども開発する

向谷実(むかいや・みのる)/1956年、東京都生まれ。77年に「カシオペア」のキーボーディストとしてデビュー。95年に世界初の実写版鉄道シミュレーションゲームを発売。鉄道各社に技術を評価され、運転士の教育用シミュレーターなども開発する

 パソコンのデータを保存するメディアもどんどん進化していきました。最初はフロッピーディスクだったものが、やがて小型のハードディスクが使われ出すようになり、そしてCD-ROMが登場するようになりました。これは当時とても画期的でした。それまでフロッピーディスクには最大で1.44メガバイトしか入らないものが、CD-ROMだと640メガバイト。実に440倍以上も容量が増えたことになります。この大進化によって、音だけでなく映像も合わせて表現できるようになりました。当時はこれを「マルチメディア」ともてはやされていたのを覚えています。そこで、その時カシオペアで25枚アルバムを出していたので、これをCD-ROMを使って振り返れないかという話になりました。こうして1993年に「Touch the Music by CASIOPEA」というソフトがマッキントッシュ専用で誕生しました。

  これはカシオペアの4人のメンバーを紹介する動画が「田」の字状に並んでいて、それぞれ「俺を選んでくれ」という内容になっています。そしてその映像をクリックすると、それぞれのメンバーに関係する秘蔵のデータなどに飛ぶ仕組みになっています。今となってはデジタル紙芝居的なものですが、当時業界ではとても驚かれました。しかし売れゆきのほうはさっぱりでした。何十曲もデータを入れており、それぞれに著作権料を支払ったため、ソフトが1万円以上もしてしまったんです。他にも、いかんせんマッキントッシュを持っている人とCD-ROMドライブを持っている人が日本全国に数千人ぐらいしかいなかったので、マーケットが小さすぎたというのもありました。

 「Touch the Music by CASIOPEA」はビジネス的には失敗してしまったのですが、一度そういうことに手を染めてしまった、作り方を覚えてしまったので、他にも何か面白いことができないかと考えるようになりました。今では当たり前の感覚になってしまっているのかもしれませんが、実は映像データというのはデジタル化することで、音と映像をばらばらにした上で同居させることができるわけですね。つまり、映像を早くしたり遅くしたり、可変再生をした上で別の音を付けることも容易なわけです。そこである日、電車に乗っている時、これを走ったり止まったりという形で表現すれば、電車の運転ができるゲームができるのではないか、急にひらめいてしまったわけです。この時鉄道好きの僕と音楽好きの僕が初めて一つになったのかもしれません。

 これは間違いなく売れるという自信がありました。このひらめきが、世界初の電車が運転できるゲーム「Train Simulator」の登場に繋がっていくことになります。


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向谷実

向谷実(むかいや・みのる)/1956年、東京都生まれ。77年に「カシオペア」のキーボーディストとしてデビュー。95年に世界初の実写版鉄道シミュレーションゲームを発売。鉄道各社に技術を評価され、運転士の教育用シミュレーターなども開発する

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