渡米後1カ月で経験した
本場のNetflix番組収録「地獄でしたね」

 本書『HI, HOW ARE YOU?』は、読んでいて思わず鳥肌が立つような、とんでもない敗北感のエピソードから始まる。渡米から1カ月ほどたった頃、綾部は本場Netflix制作のフードバトルショー「ファイナル・テーブル」に、日本食の回の審査員として呼ばれたのだ。

 収録場所はロサンゼルス・ハリウッド。ニューヨークの綾部の自宅前までは黒塗りのリムジンが迎えに来て、飛行機の座席はファーストクラス。再び車に乗せられて着いた先は、ビバリーヒルズのフォーシーズンズ・ホテル。「部屋は当然のようにスイートルーム」だ。

翌朝、迎えの車に乗ってハリウッドのソニースタジオへ行くと、綾部専用の大きなトレーラーがあり、豪華なケータリング料理や高級シャンパンが用意されている。スタジオに組まれた番組セットは、芸人として数々の日本の特番の舞台を踏んできた綾部が「日本では見たことない予算感。正月特番の30倍の感じですね」と表現する、ざっと見積もって数億円規模。本当のハリウッドスターが仕事をする環境とはこういうものなのだと、綾部は肌で知った。

 だが、そこから始まった番組収録は、綾部曰く「おぞましい状況」だった。その時点での綾部の英語力はゼロ。イヤホンモニターをつけられても、聞こえてくる言葉が理解できない。コメントを求められても「アメージング!(すごい)」「ヤミー!(おいしい)」の単語しか話せない。前半の収録を終えた休憩時間に、プロデューサーから「ユウジ、もっとしゃべっていいんだぞ」と、暗に「コメディアンらしくもっとしゃべれ!」の喝を入れられた綾部は、日本で培ったプロ芸人としての脳をフル回転させて一計を案じた。

 後半の収録では、「オーサム!(最高!)」の言葉だけを「10回かぶせた」。間をとって「オーサム」、食い気味に「オーサム!」、誰もがこのコメディアンはオーサムしか言わない、言えないんだと理解し始める。通訳者に自分が言いたい言葉の英語訳をこっそり教えてもらい、「最後にちょっといいですか? エブリワン・イズ・オーサム」。小さな笑いが起きた。もちろん綾部本人こそがその状況を「地獄」と理解していた。収録が終わって帰る綾部に、客席から「オーサム・ボーイ!」との声がかかった。例えるなら、ボコボコにされた体を引きずって退場するボクサーに、客席からタオルが投げられたようなものだった。

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英語力は「1万点満点中の4点」