ステージIVのがん患者が語る 後悔しない治療を受けるために本当に必要なこと (2/4) 〈ダイヤモンド・オンライン〉|AERA dot. (アエラドット)

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ステージIVのがん患者が語る 後悔しない治療を受けるために本当に必要なこと

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※写真はイメージです (Getty Images)

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後閑愛実(ごかん・めぐみ)/正看護師。BLS(一次救命処置)及びACLS(二次救命処置)インストラクター。看取りコミュニケーター
看護師だった母親の影響を受け、幼少時より看護師を目指す。2002年、群馬パース看護短期大学卒業、2003年より看護師として病院勤務を開始する。以来、1000人以上の患者と関わり、さまざまな看取りを経験する中で、どうしたら人は幸せな最期を迎えられるようになるのかを日々考えるようになる。看取ってきた患者から学んだことを生かして、「最期まで笑顔で生ききる生き方をサポートしたい」と2013年より看取りコミュニケーション講師として研修や講演活動を始める。また、穏やかな死のために突然死を防ぎたいという思いからBLSインストラクターの資格を取得後、啓発活動も始め、医療従事者を対象としたACLS講習の講師も務める。現在は病院に非常勤の看護師として勤務しながら、研修、講演、執筆などを行っている。著書に『後悔しない死の迎え方』(ダイヤモンド社)がある。

後閑愛実(ごかん・めぐみ)/正看護師。BLS(一次救命処置)及びACLS(二次救命処置)インストラクター。看取りコミュニケーター 看護師だった母親の影響を受け、幼少時より看護師を目指す。2002年、群馬パース看護短期大学卒業、2003年より看護師として病院勤務を開始する。以来、1000人以上の患者と関わり、さまざまな看取りを経験する中で、どうしたら人は幸せな最期を迎えられるようになるのかを日々考えるようになる。看取ってきた患者から学んだことを生かして、「最期まで笑顔で生ききる生き方をサポートしたい」と2013年より看取りコミュニケーション講師として研修や講演活動を始める。また、穏やかな死のために突然死を防ぎたいという思いからBLSインストラクターの資格を取得後、啓発活動も始め、医療従事者を対象としたACLS講習の講師も務める。現在は病院に非常勤の看護師として勤務しながら、研修、講演、執筆などを行っている。著書に『後悔しない死の迎え方』(ダイヤモンド社)がある。

鈴木信行(すずき・のぶゆき)/患医ねっと代表。ペイシェントサロン協会会長。精巣腫瘍患者友の会副代表
1969年、神奈川県生まれ。先天性の疾患「二分脊椎症」による身体障がい者2級。20歳にて精巣がんを発症、24歳にて再発、転移を経験。46歳にて甲状腺がんを発症、加療中。工学院大学工学部電子工学科を卒業後、第一製薬(現・第一三共)の研究所に入社。13年間にわたり製薬、製剤に関する研究所に勤め、2007年退職。2011年より患医ねっとを立ち上げ、患者・身体障がい者の立場から、よりよい医療環境の実現を達成するために全国各地で講演や研修活動を行っている。2011~2016年には朝日新聞デジタルに「のぶさんの患者道場」を300回以上連載し、患者ならず医療者からも高い評価を得た。北里大学薬学部、上智大学助産学専攻科非常勤講師、日本医科大学倫理委員会外部委員、公益財団法人正力厚生会専門委員。著書に『医者・病院・薬局 失敗しない選び方・考え方 病気でも「健康」に生きるために』(さくら舎)がある。(Photo by おかざきゆか)

鈴木信行(すずき・のぶゆき)/患医ねっと代表。ペイシェントサロン協会会長。精巣腫瘍患者友の会副代表 1969年、神奈川県生まれ。先天性の疾患「二分脊椎症」による身体障がい者2級。20歳にて精巣がんを発症、24歳にて再発、転移を経験。46歳にて甲状腺がんを発症、加療中。工学院大学工学部電子工学科を卒業後、第一製薬(現・第一三共)の研究所に入社。13年間にわたり製薬、製剤に関する研究所に勤め、2007年退職。2011年より患医ねっとを立ち上げ、患者・身体障がい者の立場から、よりよい医療環境の実現を達成するために全国各地で講演や研修活動を行っている。2011~2016年には朝日新聞デジタルに「のぶさんの患者道場」を300回以上連載し、患者ならず医療者からも高い評価を得た。北里大学薬学部、上智大学助産学専攻科非常勤講師、日本医科大学倫理委員会外部委員、公益財団法人正力厚生会専門委員。著書に『医者・病院・薬局 失敗しない選び方・考え方 病気でも「健康」に生きるために』(さくら舎)がある。(Photo by おかざきゆか)

●死についてどう考える?

後閑:死ということは、世間一般では今までタブー視されてきたように思います。あえてそこに触れようと思うのですが、鈴木さんは甲状腺がんのステージIVですが、患者の立場から死についてどう考えますか?

鈴木:死がつらいとか怖いとかいう概念が僕にはないんです。
 当たり前に来るものだから、当たり前に来ればいい。楽しみというわけではないですが、まぁ来るよね、という気持ちです。
 だから、自分がやりたいことがやれている、ある程度やった段階で自分の中の合格ラインだと思える段階にいれば、その時に死が訪れても嫌じゃない。
 逆に、人生の中でやりたいことがあるのにまだやれてないという段階で死が来たら、たぶん後悔するだろうなとは思います。ですが僕がやりたいことは大体できているので、だから死が来ることはそんなに嫌なことではないですね。

後閑:鈴木さんは本の中でも、「運命は運命、粛々と向き合えばいい」「生きていたいのではなく、やりたいことを実現させたいだけ」と書かれていますが、その通りだなと思っています。
 こうしたいという意欲は、イコール「生きたい」だと思うんです。
 だから、そんなことをしたら危ないから、そんなの無理だからと、周りが本人の「したい」を否定するということは、その人が生きたいということを否定するようなものだと思います。
「こうしたい」というのは、「こう生きたい」という意味だから、そういう時に周りの人はしたいことを受け入れてほしいと思っています。その結果、たとえば飲み込む機能が衰えているのに食べたいというのであれば、たとえ窒息のリスクがあろうが肺炎のリスクがあろうが、食べさせる努力をしてみてほしいし、外出したいというのであれば、たとえ骨折のリスクがあろうが何か問題があっても、それはリスク承知で私ならやらせてほしいと思いますね。

鈴木:だからそこをちゃんと要望書に書いておけば、医療者や介護者だって「要望書に書いてあるんだから」と言えますし、そこを患者側が医療者や介護者を咎めるのではなく、患者や家族の側から要望することを事前に渡すことによって、生きたいように生きればいいわけです。その結果に限らず死は絶対に訪れるのですから、それはそれでいいんじゃないかなと思っています。

後閑:病院だと安心安全を第一にするので、食べられなくなってきたら、脱水になるので点滴しましょうかとか、そろそろ飲み込みが悪くなってきたから禁食にしましょうかとか、食事にとろみをつけたりミキサー食にしたりして本人が食べたいものも食べられなくなっていきますが、それが病院の致し方ないところではあります。

鈴木:肉体的なところは、医学的な延命を施すことになるでしょうし、命を永らえるという意味ではそれが正しいのかもしれませんが、本当の健康を考えた時には、精神的、社会的な側面を考えると違う手段も出てくるかもしれない。それはご本人がどう考えるかによるでしょうね。

後閑:医療は手段ですから、なぜそれをしたいのか、したくないのかという理由を聞いておいてもらいたいです。
 胃ろうを嫌がる患者さんは結構いるんですが、胃ろうが嫌なら食べられなくなったら鼻から管を入れて栄養を流し込む経鼻経管栄養をしましょうと言うと、それについては家族からそうしてほしいと言われることがあります。
 そもそも鼻から管を入れるのは苦しいものですし、抜いてしまう危険性があるから抑制(手に「ミトン」と呼ばれる道具をはめるなどして身体の自由を制限する)しなくてはならなくなったりします。そういうことが人権的にどうかというところから、胃ろうなら栄養を流している時にだけ抑制をすればいいので、そのほうがいいだろうということで普及したわけですが、それが胃ろうがだめとなれば、鼻から管で、ということになります。
 なぜ胃ろうが嫌なのか、どう生きたいと思っているのか、抑制されてまで生きたいと思っているのか、といった辺りの話がないんです。


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