赤坂見附停留所から撮影した弁慶堀と赤坂プリンスホテル旧館を背景に68パーミルの赤坂見附坂を上る10系統須田町行きの都電。背景右端に赤坂プリンスホテル新館が見える。赤坂見附~平河町二丁目(撮影/諸河久:1963年2月10日)
青山線の都電が消えてから59年を経て大変貌した赤坂見附交差点。画面左端に1985年に改築された弁慶橋と紀尾井町通りが写る。背景には白亜の東京ガーデンテラス紀尾井町の高層ビル群が佇立する。画面には見えないが、旧景の赤坂プリンスホテル旧館は画面手前の紀尾井レジデンスビルの右奥に移築され、東京プリンスクラシックハウスとして盛業している。(撮影/諸河久:2022年9月10日)
赤坂見附停留所で乗降扱い中の3系統飯田橋行き都電。青山線を走る9系統浜町中の橋行き都電の車窓からのスナップショット。都電から降車した老女が足早に横断歩道を渡る。信号待ちするアメ車は1960年式のGM系オールズモビルだろう。(撮影/諸河久:1963年1月1日)
半世紀前、赤坂見附交差点に赤坂東急ホテル(現・赤坂エクセルホテル東急)が出現した時は、その奇抜な色彩とデザインから「軍艦パジャマ」の異名が冠された。今昔対比の撮影でカメラを向けると、大胆なホテルのフォルムがファインダーからあふれ出てくるような錯覚にとらわれた。(撮影/諸河久:2022年9月10日)
この写真は戦前に宮松金次郎氏が撮影された東京市電作品の白眉ともいえる傑作だ。札ノ辻と飯田橋を結ぶ33系統には三田車庫の400型が充当されており、弁慶堀畔の紀伊国坂の上り勾配に挑む姿が克明に描写されている。赤坂見附~紀ノ国坂下(1944年10月に停留所廃止)(撮影/宮松金次郎:1938年5月1日)