確かに、数年前までは、水中では動きにくいという理由で服を脱ぎ、服に空気を入れて浮輪のように使うよう指導されていました。しかし、溺れているときに複雑なことをやるのは難しく、余分にエネルギーを消費してしまいます。そこで、とにかく冷静に背浮きをして、呼吸を確保する行動をとることのほうが現実的でしょう。

 また「溺れたら手を上げたり声を出したりして助けを求めましょう」という指導も見受けます。しかし、先ほどの理論から、手を水中から出すとその分だけ身体は沈みます。また、「助けて!」と大きな声を出して息を吐くと、肺の空気が失われ身体は沈んでしまいます。

――背浮きで助かった事例もあるのでしょうか。

 2014年7月下旬の昼ごろ、静岡・伊東沖で仲間とシュノーケリングをしていた30代の男性が行方不明になり、22時間漂流し、翌朝6時頃に40キロ離れた下田沖で無事に救助されるということがありました。男性は足がつって水面に浮上したら仲間がなくなっていたそうで、背浮きで浮いていたら誰かが助けに来てくれると考えて、泳いで体力消耗するのを避け、背浮きで夜を越したそうです。後にその男性から話を聞く機会があったのですが、夜中は何度かウトウトした時間もあったそうですが、左右を向くとバランスを崩してしまうため、真上の夜空の星だけを見ていたそうです。私たちが指導している通りの行動をされていました。

 また、東日本大震災でも、津波が押し寄せた宮城県東松島市の小学校で、避難所の体育館にいた小学生が徐々に水位の増す濁流の中で、授業で習ったという背浮きで浮いて助かっています。この子は、母親が助けに来たときも「声を出して息を吐くと沈む」ということを思い出して、母親の呼びかけに対して返事をやめたそうです。もちろん、横からの流れが強い場所での応用は難しいかもしれませんが、水辺のレジャーだけでなく、ゲリラ豪雨による冠水のような水災害でも役立つシーンはあるのではと思います。

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