人間国宝の刀匠、故・宮入行平の鍛刀道場(長野県坂城町)で。健さんはずっとここを訪れたいと思っていたその願いがかなった (c)朝日新聞社
人間国宝の刀匠、故・宮入行平の鍛刀道場(長野県坂城町)で。健さんはずっとここを訪れたいと思っていたその願いがかなった (c)朝日新聞社
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寄贈された高倉健さんの日本刀を手にする宮入小左衛門行平さん(左)と山村弘・坂城町町長 (c)朝日新聞社
寄贈された高倉健さんの日本刀を手にする宮入小左衛門行平さん(左)と山村弘・坂城町町長 (c)朝日新聞社
高倉健さんから日本刀を贈られたチャン・イーモウ監督。「高倉さんが私に与えてくれた言葉、それは一生忘れることのないもの」と語る (c)朝日新聞社
高倉健さんから日本刀を贈られたチャン・イーモウ監督。「高倉さんが私に与えてくれた言葉、それは一生忘れることのないもの」と語る (c)朝日新聞社
高倉健さんが寄贈した日本刀の一つ。安土桃山時代の名工堀川國廣作の脇差。長さ1尺2分9寸(坂城町鉄の展示館蔵)/撮影:井上一郎
高倉健さんが寄贈した日本刀の一つ。安土桃山時代の名工堀川國廣作の脇差。長さ1尺2分9寸(坂城町鉄の展示館蔵)/撮影:井上一郎

 高倉健ほど日本刀が似合う俳優はいないだろう。事実、高倉健は日本刀をこよなく愛し、自身も数振り所持。刀匠の作品を親しい人に贈ることもあったという。高倉健と個人的な交流があった植草信和氏が健さんの日本刀愛に迫った。

*  *  *

 僕が初めて健さんと会ったのは、1975年だった。当時僕は映画雑誌「キネマ旬報」の編集部に属していて、そこでの「新幹線大爆破」の座談会に健さんが出席してくれることになったのだ。僕は恐れ多くも司会を仰せつかった。

 当日、喜び勇んで東京都練馬区大泉の東映撮影所に出向いた僕を、健さんは所内の自室に招いて、珈琲を淹れてくれた。大スターが目の前で、しかも手ずから淹れてくれたことに感激し緊張していたので、残念ながら味の方はさっぱりわからなかった。健さんの俳優仲間の八名信夫さんは、ドキュメンタリー映画「健さん」のなかで、「あんな不味い珈琲はなかったよ」と明言しているのだが……。

 その後、82年に写真集『高倉健 望郷の詩』(芳賀書店)の編集を担当することになった。

 健さんの魅力を刻印し、健さんが歩んできた半世紀が浮かび上がってくるような本にしたい、そんな取りとめのないことを考えて何度か打ち合わせをした。

 当時の高倉プロモーションは東京都港区赤羽橋交差点側のガソリンスタンドの2階にあった。キネマ旬報社は神谷町の東京タワーの側だったので歩いて数分の距離にあり、打ち合わせには便利だった。打ち合わせが終わると数分の雑談が許され、それが嬉しかった。

 それからかなり時間が経って出版された、野地秩嘉氏の力作『高倉健インタヴューズ』(小学館文庫)という本の中で語られている、健さんの日本刀についての考えを知り、得心したことがあった。

「日本刀は心が安らぐんですよ。夜中に引っ張り出して、すーっと抜き身にして、ぽんぽんって打ち粉を打って、眺めます。刃物ってのはただの道具なんですが、日本刀だけはそんな機能を通り越した美しさを持っているように思います」

 夜中、ひとり日本刀を凝視している健さんの姿を思い浮かべながら、意に反して映画俳優を生業としてしまった高倉健、あるいは小田剛一(本名)という人間について考えてみると、何か腑に落ちるものがあった。

「普段どんな生活をしているか、どんな人と出会ってきたか、何に感動し何に感謝しているか、そうした役者個人の生き方が芝居に出ると思っている。俳優にとって大切なのは、造形と人生経験と本人の生き方。映画にはその生き方が出る」と語るストイックな健さんは、「機能を超越した美しさを持つ日本刀」の刀身に、己の俳優人生の内省を映し出し、それを見つめていたのではないだろうか、と。

 また、日本刀について、「父が縁側に座って刀の手入れをしている後ろ姿が頼もしく、またとてつもなく好きだった。今にして思えば父と刀がオーバーラップして、日本人の魂を象徴する刀の魅力にとりつかれていたのかもしれない」とも語った健さんは、そこに愛してやまなかったご両親の在りし日と、故郷福岡の風景を見ていたのではないか。

 そのように、日本刀を魂の研ぎどころとしていたらしい健さんは、いろいろな人に日本刀を贈っている。

 もっともよく知られているのは、中国映画界のみならず、今や世界的な巨匠になったチャン・イーモウ監督へ贈ったエピソードだ。

「高倉さんとは1本の映画を撮っただけですが、彼が私に与えてくれた影響はとても大きなものです。高倉さんは私に日本刀も贈ってくださいました。彼から、刀は持ち主を守ってくれるものだと聞いています。その日本刀は今も私のオフィスの1メートルと離れていないところに置いてあります。高倉さんが私を守ってくれるような気がします」

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