アテンダントの武藤光代さん(31)によると、「作った方と話をする機会を設けたのが新コースの特徴」。グルメ観光列車というと、車内で提供される食事を味わうイメージが強いが、くろまつの新コースでは、各停車駅で30分程度の時間を取り、乗客が車内外で調理人と触れ合えるようにした。なるほど、調理人に直接いろいろ聞けるとおいしさが増すように感じる。
久美浜駅を出ると、車内でおぼろ豆腐が提供された。アテンダントに促されてテーブルに備え付けのタブレット端末を見ると、薬味の米こうじやしょうゆこうじ、わさびの生産者が、食材の歴史や文化について語った動画が出てきた。今回のコースで提供されるすべての料理の動画も1分ごとでまとめられており、何度でも見ることができる。これなら説明を聞き逃してもあせらずに済みそうだ。
そして久美浜駅から走ること約20分。網野駅では、京都府京丹後市のすし、会席料理店「とり松」板長、小幡竜介さん(38)が車内に乗り込んできた。テーブルを回り、名物のばらずしを切り分けてくれる。家庭ごとに味が違うというばらずしは、お祭りやお祝い事で食べられる京丹後の郷土料理だ。同店のものは、すし飯の上に、サバを炒り炊きにしたおぼろや錦糸卵、青豆、かまぼこなどを載せた色鮮やかな仕上がりだ。小幡さんは「丹後の“おふくろの味”をきっかけに新しいおいしさに巡りあってほしい」と話す。
網野駅を出ると、終点の天橋立までは約30分。列車に乗っている間は、アテンダントがテーブルに来てグッズの説明をしてくれる。タンブラー(税込み900円)やキーホルダー(同1500円)、手ぬぐい(同500円)などがあるが、最近は名刺入れ(同4000円)が人気らしい。
そうこうするうちに、車窓には真っ青な海が広がり、ほどなくして天橋立駅に到着。ホームには、香ばしい炭火焼のにおい。旅のクライマックス、地元の飲食店「カネマスの七輪焼き」(京都府宮津市)が焼くのは、短時間のみ干した名産品、一刻干しだ。
この日のメニューは、サワラと伸子イカの一刻干しと、イワシを使った黒ちくわの七輪焼き。同店店主の谷口嘉一さん(40)は「これからアジやカマスも出てくる。旬の魚のうまみを逃がさず提供したい」とガラスの皿に干物を載せてくれた。口に入れると、炭火で閉じ込めたふっくらとしたうまみが広がる。ああお酒が飲みたい。幸せな気分でグルメ列車の旅は幕を閉じた。
今回紹介したコースは、6月まで運行する予定。個人で乗車できるのは毎週金~日曜と祝日で、水、木曜は団体貸し切りのみの受け付け。定員は30人(最少1人から運行)で、丹鉄のホームページで予約を受け付ける。
丹鉄には、他にも「あかまつ」「あおまつ」といった水戸岡デザインの列車もある。春の風に吹かれて、デザインと食、両方を楽しみに出かけてみてはいかがだろうか。
(ライター・南文枝)