「地獄の釜の蓋もあく」という言葉がある。響きはおどろおどろしいが、「地獄も(罪人を茹でる釜の湯を空けて)お休みなんだからお休みしましょうよ」という意味である。これは旧暦の正月とお盆の16日を指し、現在の暦でいえば今年は2月23日と8月18日にあたる。昔はこの日を「薮入り」などと呼び、どんな悪徳商人のお店(ブラック企業)に勤めている奉公人でも休みをもらうことが許されていた。地獄もよい方法で使われていたわけである。
●地獄と天国の入り口は
ところで、この「地獄」、行きたくはないがいったいどんなところなのか。
最近は、マンガや小説、絵本などでも地獄が紹介されているので、興味があればとりあえずはそちらをご覧いただくとして、今日は、あの世への入り口「三途の川」について書いてみたい。
死んだら土になるだけ、と言う心の強い人を見るとうらやましくなるが、どの国に住んでいてもどんな宗教を信じていても、天国と地獄の概念があるということは、やっぱりあるんじゃ…と心の弱い私はそう思ってしまう。
なので先日京都を訪れた際、少しでも知識を得ようと「地獄めぐり」(と私が勝手に名付けた旅)をしてきた。この話はいつかどこかでするとして、その時に「三途の川」という言葉の意味を知ってちょっと反省した。
●奪衣婆という恐ろしい婆
「三途の川」とは、死んだ人が必ず渡る川と言われている。ちなみにこれは仏典由来ではあるが、日本では仏教の範囲を超えてすでに「言い伝え」の域に来ている。ある一定の年齢(いや、むしろマンガなどに親しんでいる若い人の方が詳しいか?)の人には説明不要なほど有名な場所だが、誰も見たという生き証人がいないので、実際がどうなっているかは定かではない。
そんな有名な「三途の川」の名前の由縁を、今まで疑問にも思わず使っていた自分に衝撃を受け、反省したのだ。
「三途」と言うからには、三つの道があるという意味。これには、その先に待ち構える「奪衣婆(だつえば)」という地獄のおばばが関係してくる。
先に「奪衣婆」の話をしておこう。
「奪衣婆」は「正塚婆」や「葬頭河婆」などいろいろな名前で呼ばれるが、今回の話では奪衣婆と呼ぶにふさわしい働きを説明するので、そう呼ばせていただく。
このおばばは、三途の川を渡りきったところにいて、死者の衣服をはぎ取り、木の枝(衣領樹)にかけその重さを計る婆である。この重さ(服を掛けた木のしなり)で、やってきた者の罪の重さを見極め、そこから先の行く先を決める役目を担っている。いくつもの奪衣婆の像を見てきたが、総じて恐ろしい顔をしている。暗闇でこんな婆に突然出会ったら、死んでいなければ心臓が止まるにちがいない。