手術は医者の腕次第。自分はまな板の鯉でいればいい──。そんな考えはもう古い。患者自身が術前に「あること」をすれば、術後の回復を早めて入院期間を短縮できたり、誤嚥(ごえん)性肺炎などの合併症を予防できたりすることがわかってきた。どんなことをすればよいのか、専門家に話を聞いた。
【テストの結果】手術前にトレーニングを行うと術後の体力が維持される
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「口の中にばい菌がどれくらいいるかというと、便と同じくらい。その菌が術中や術後に肺に入って誤嚥性肺炎を起こさないよう、事前に口の中をきれいにしたほうがいいんですね」
公立昭和病院(東京都小平市)では、毎日午後1時から、がんと心臓の手術を受ける予定の患者に口腔(こうくう)ケアをしている。
記者が訪ねた日、病院1階の歯科・歯科口腔外科では、歯科医師の陸川良智さんが翌日に手術を受ける男性患者(65)に資料を使って説明していた。その説明と診察が終わると、歯科衛生士が20分ほどかけ、入れ歯も含めて口の中をきれいにする。男性患者に感想を聞くと、こう答えた。
「こういうのは、初めてのこと。ばい菌が肺に入るのは怖いと思う」
メスを握るのは医師だが、患者として手術に備えることも大事。その一つが、術前の口腔ケアだ。
手術にはどんなリスクがあり、口腔ケアでどんなメリットが得られるのか。同院歯科・歯科口腔外科部長の福與(ふくよ)晋邦さん(歯科医師)は、こう説明する。
「がんや心臓病など全身麻酔が必要な手術では、口から気管にチューブを入れて、酸素や麻酔が含まれたガスを肺に送り込みます」
チューブを入れたときに、細菌が含まれる唾液(だえき)が気管や肺に流れ込みやすい。
「それが術後の肺炎を起こすことがあるので、術前にはできるだけ口腔内をきれいにしておくことが大事なのです」
術前に口腔ケアをしたことで、術後の肺炎のリスクを下げられることは、すでにいくつかのデータからも証明されている。
東京医科歯科大学顎(がく)顔面外科学分野特任助教の倉沢泰浩さん(歯科医師)らは、都内の八つの医療機関でがん手術を受けた患者約2万5千人の診療報酬のデータを分析。口腔ケアが健康保険で認められる前と後で比較した。