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 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、「異次元の少子化対策」について。

【写真】着物をぴしっと着こなした下重暁子さん

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 一九九八年のたしか九月のことだったと思う。私が属している日本ペンクラブも加盟している国際ペン大会が、フィンランドのヘルシンキで開かれた。毎年一回、世界中のどこかの都市で開かれるのだ。

 私はその大会に参加し、昼間でもライトをつけて走る車に北欧の薄い太陽を感じた。

 各国からの参加者を集めて、ヘルシンキ市長の女性がレセプションを開いてくれた。彼女は産後職務に復帰し、その間は夫が育休をとり、全面的に子供の面倒を見ている。

 何の心配もなく職務に復帰できたと聞いて、生き生きと働く喜びに満ちた、自信あふれる市長の表情に心から拍手を送りながら、羨ましかった。

 日本では考えられないことだったからである。仕事をする女が子供を産む時は、産休はとれても家事と育児でくたくた。プラスして夫の世話をし、やっとその時期を経て元の職場にもどろうとしても、以前の職場にそのままもどることは少なく、産後の疲れや育児がたいへんだろうからという、おためごかしの理由でひまな部署に配転というのが当たり前だった。

 結局辞めざるを得ないのを目前でどのぐらい見たことか。そうやって有能な多くの女性の人材が失われていった。

 仕事をしたいからと子供を諦める女性たちも少なくはなかった。

 北欧をはじめヨーロッパでは、その間も女性たちは自分の能力を生かして仕事をし、育休をとった男たちがしっかりとそれを支えていた。

 その歴史を考えると、岸田首相をはじめ、国会で発言する男たち(中には女もいるが)の考え方とは天と地の差がある。なぜ男たちは学ぼうとせずに育児を自分のことと考えていないのか。自分の子供なのだという意識も覚悟もなく、子供を作り、育児に参加するといっても、あくまで自分の仕事優先。つれあいの女性のキャリアを生かすべく育児に専念するケースなど数えるほどだ。

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下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

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