委託費の弾力運用を問題視する一人、弁護士であり神奈川大学法学部自治行政学科の幸田雅治教授は、こう指摘する。
「通知は、あくまで委託費の運用に関するもの。そもそも国が出す通知は、地方自治法で定められる『技術的な助言』に位置付けられるもので、法的拘束力はない。そのため、自治体が自らより厳しく縛りをかけることは可能だ。この問題は、これまで視野の外に置かれていた問題で、自治体は普通に『通知に従わなければならない』と思い込まされていた面があり、非常に重要な論点だ」
課題はまだある。そもそも委託費の弾力運用を行える前提には条件があり、△職員配置などが遵守されていること、△給与規定があり、適正な給与水準で人件費が適正に運用されていること、△給食が必要な栄養量が確保され嗜好を生かした調理がされている。日常生活に必要な諸経費が適正に確保されていること、△児童の処遇が適切であること――などをクリアする必要があるが、「適正な給与水準」が曖昧だということだ。
この「適正な給与水準」については、国会でも追及されてきたが、「地域の賃金水準と均等がとれていること」「あくまで労使で決めるもの」などの答弁で曖昧にされている。2020年度の“予算上、保障されている保育士の年収”は全国平均で約395万円となる(法定福利費や処遇改善費は含まない)。介護・保育ユニオンは内閣府に対して、「予算上でなく、適正な給与水準を示してほしい」とも要望した。そうでなければ、自治体も判断をつけにくい。
実際、委託費の使途はどうなっているのか。東京都の「保育士等キャリアアップ補助金の賃金改善実績報告書等に係る集計結果」(2017年度実績)から、人件費比率の低さと給与の低さの実態が分かる。
都内の社会福祉法人の認可保育園の収入に占める人件費比率は70.5%、株式会社は同51.9%だった。人件費、事業費、管理費以外に流用された比率は、社会福法人で9.2%、株式会社で16.6%だった。年間の平均給与(賞与等を含む)は、社会福祉法人で約424万円、株式会社で約343万円だった。
こうした実態はCさんの保育園でも同じ。傘下の保育園の人件費比率は5割前後しかなく、改めて委託費の弾力運用について異議を唱えた。
「玩具も満足に買えず保育士は疲弊しているのに、経営者が利益を出すために人員配置を最低限にするように命じた。もし税金で運営している感覚があるなら、委託費を子どもたちのため、保育園を支える保育士のために使おうと考えるはず。保育園は子どもの命を守り、成長と発達を守る場であるのに、そのための費用が削られ、次々に保育園を作って会社の成長と利益に委託費が回っている。これを止めてほしい」
保育園とは、あくまで児童福祉法に基づいて設置される福祉施設であり、そこで利益をあげるものではないはずだ。委託費の弾力運用は、経営の自由度を図るため、適正に使っても余るようなら流用してもいい、という建前がある。事業者が利益を追求するための制度ではないが、弾力運用という穴があるため、すり抜けられるのだ。
法に違反しなければ、制度に違反しなければいいのか。そうではないはずだ。記者会見を通じて、現場の保育士が委託費の弾力運用の弊害について社会に問いかけた意義は大きい。(ジャーナリスト・小林美希)