サントスさんの「give」は、表面的なものではない。

 日本に来たきっかけは生け花だった。シェフパティシエとしてヨーロッパで活躍し、とりわけ飴細工を得意としていたが、ある日、本で目にした日本の生け花に目を奪われた。そのバランス感覚の美しさに飴細工と通じるものを感じ、1994年、24歳の時に来日。生け花を学びつつ、京都や東京でお菓子の技術指導やレシピ開発の仕事をした。その後、結婚し、夫婦で海外へ移ろうとしたところ、思わぬアクシデントが起こった。出発直前に大きなバイク事故に遭ったのだ。

 大ケガを負った二人は新天地行きを諦め、日本で一から事業を起こす覚悟を決めた。痛む体でお菓子のコンサル業から始め、2000年にプロとアマチュアを対象にしたお菓子の学校「エコール・クリオロ」を開校。評判がよく、多いときは1カ月に300人もの生徒を教えた。体も回復し、のちにパティスリーを併設。それまでの経験から、フランスのやり方のままでは日本では受け入れられないと思い、フランスでのベースはきっぱりと捨て、脂肪分や水分の比率を調整しながら、日本の気候や日本人に合うレシピを徹底的に作り込んでいった。また、妻が1型糖尿病を患っていることもあり、医師の監修のもとで糖質を大幅にカットしたスイーツも開発。砂糖や小麦粉を使ってはいけないというパティシエ泣かせの条件を受け入れ、美味しさを表現するために研究を重ねた。結果、糖質制限スイーツのシリーズは病気で糖分を控えなくてはいけない人やダイエット中の人からも注目され、全国から注文が来るヒット商品となった。

 オンライン販売にお菓子の学校、糖質制限スイーツの開発。振り返れば、常に時流を読み、社会に向けて「give」することで困難を乗り越え、結果として時代をリードしてきた。「利益の出ない商品」も、社会に「give」する姿勢の表れだろう。そんなサントスさんは今、コロナ禍をどう見ているのか。

「特効薬やワクチンができない限り、状況は大きく変わらないでしょうし、コロナ以前のような状態にはなかなか戻れないと思います。来年のバレンタインの催事も例年のようにはいかないでしょう。だから、新しいことをやるしかないと思うんです。ロックダウン中のフランスで、スターシェフのシリル・リニャックが日常の料理を作る様子をライブ配信して評判だったように、今はビジネスよりもお客さんとの距離を縮めてケアする時期だと思っています。これから始まる時代への下準備期間です」

 本格的なウィズコロナとコロナ後の時代を見据えて、今は「give」する期間というわけだ。ところで、日本をよく知るサントスさんから見て、日本人のスイーツに対する味覚はどう変わってきただろうか。

「時代と共に感覚が研ぎ澄まされてきたと思います。26年前に来日した頃に日本で流行っていた食感は“ガリガリ”でしたが、しばらくして“カリカリ”になり、さらに“サクサク”に変化しました。これから流行ると思うのは、“スクスク”。サクサクよりももっと細かい食感で、私の造語です(笑)」

 どんな時代になろうと、変化を捉え、「現代の味覚に合わせて、常に新しいものを作ること」を信条とするサントスさん。世の中の声に耳を傾け、正しいと思えばすぐに利益が出なくても、そして、これまで培ったものを捨ててでもチャレンジする。そのタフな精神は、これからの時代も切り開いていくエネルギーになるだろう。(文・カスタム出版部)

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