日本を拠点に活動するパティスリー「クリオロ」のシェフパティシエ、サントス・アントワーヌさん。トップレベルのパティシエはなかなかやらないとされる生菓子のオンライン販売を15年前から始め、冷凍しても味が落ちないようレシピの研究を続けてきた。サントスさんが今、大事だと思うのは「儲けの出ない商品」だという。いったい、なぜ?
トップパティシエがオンライン向けスイーツを作ったら
東京・小竹向原に本店を構える「クリオロ」のオンラインショップには、焼き菓子だけでなく、チーズケーキやチョコレートケーキ、糖質制限スイーツなどの生菓子も豊富にそろっている。生菓子は冷凍された状態で届けられる。解凍は、例えばキャラメルとバニラムースのホールケーキ「ガイア」なら冷蔵庫でじっくり12時間。ムースはしっとり、生地の底はサクサク。何層にも重なった食感が現れる。
シェフパティシエのサントス・アントワーヌさんは、フランス・プロヴァンスの出身。ヨーロッパの名店で修業を積み、シェフパティシエを務めてきた。自身のパティスリーとしては2003年、東京・千川に「エコール・クリオロ」という名前で開いた店が最初だ。翌年にはオンライン販売も始め、最初は焼き菓子、2005年からは生菓子の販売をスタートさせた。大手ECサイトから「パティシエ特集をするので参加してほしい」と誘われたことがきっかけだったが、蓋を開けてみたら、パティシエで参加したのはサントスさんだけだった。
生菓子は日持ちがしないため、全国にオンライン販売するには冷凍せざるを得ないが、風味や食感が微妙に変わってしまう。完璧な品質を追求するトップレベルのパティシエは躊躇するのが実情だ。
「冷凍してもクオリティーをしっかり保つためには、飾りやレシピを一から見直さないといけず、多くのパティシエにとって面倒なんです。それに、当時の日本ではオンライン販売を行うことで、一流ではないと見られる風潮もありました」
しかし、地方に住む人から喜ばれたこともあり、サントスさんはオンライン販売向けのスイーツを模索し続けた。
「生地がパサつかないように材料の比重を変えたり、砂糖も30種類くらいの中から解凍後もケーキの食感を損ねないものを色々試したり、工夫を重ねてきました。日本には翌日に届く確実な宅配があるからできることで、フランスで同じことをするのは難しいと思います」
長年にわたるチャレンジは、新型コロナウイルス感染拡大の影響下で注目されることになった。今年4月に緊急事態宣言が発出され、外出自粛が叫ばれる中、オンラインで購入できるケーキを探す人が増えたからだ。サントスさんの妻で同店専務の岡田愛さんはこう語る。
「緊急事態宣言が出ている間、本店のカフェや支店は休業し、百貨店の催事などもなくなってしまいましたが、オンラインの方で通常の3倍、母の日の時は5倍の売り上げがあったので、全体の収益は落ちませんでした。特に誕生日ケーキのような生菓子がよく売れました。うちでは2、3年前からオンラインに力を入れ、SEO対策をする専門家も入れています。単にオンラインショップに載せただけで売れるわけではないんです」
次の時代に向けて、いまは「give」を
オンライン販売について、サントスさんには独自のポリシーがある。
「利益の出るものだけでなく、出ない商品も用意することが大事です。これはレストランでも言えることですが、オンラインではお店と全く同じ体験を提供することはできませんから、まずはお客さんのメリットを考えることが必要。大切なのは、giveとbackのバランスなんです」