「ただちに健康に影響することはない」「ずっと食べ続けない限り大丈夫」--福島原発事故で食品の放射能汚染が問題になっているが、政府の説明は安心していいのかどうか要領を得ない。そこで本誌が簡単な計算で汚染度を大まかに知る方法をご紹介する。あなたの自衛のために。
今日の問題。ある朝、ヨウ素131が「1キロ当たり300ベクレル」の牛乳200cc(200グラム)を飲み、セシウム137が「1キロ当たり500ベクレル」のホウレンソウ90グラムを食べるとする。そこであなたが被曝する放射線量はどれぐらいになるのだろうか。ちなみに、このベクレル値は出荷停止や摂取制限の目安となる暫定規制値だ。
この問題を解くには、まず、放射能に関する単位を知っておく必要がある。
食品から検出された放射能レベルは「ベクレル」という単位で表されている。一方、放射線をどれだけ浴びたら危険かを示す被曝量の単位は「シーベルト」だ。
実は、放射性物質ごとにベクレル値をシーベルト値に変換する「変換係数(実効線量係数)」が存在する。インターネットでも検索できるし、日本アイソトープ協会が出している「アイソトープ手帳11版」の184ページにも一覧表がある。例えば、ヨウ素131の係数は「10億分の22」、セシウム137なら「10億分の13」だ。
この係数をベクレル値に掛ければ、その食品を食べたときに、各放射性物質から体が受けるシーベルト値がわかる。インターネットには、ベクレル値を入力するだけでシーベルト値を計算してくれる便利なサイトもある。
冒頭で触れた牛乳の300ベクレルにヨウ素の変換係数を掛けると6・6マイクロシーベルト。これは牛乳1キロ当たりの値なので、200グラムの牛乳を飲んで受ける放射線総量は1・32マイクロシーベルトとなる。
同様に、ホウレンソウの500ベクレルにセシウムの変換係数を掛け、これを90グラム当たりで換算すると、体が受ける放射線総量は0・585マイクロシーベルトとなる。
問題はこの被曝量がどれぐらい体に悪いか、だ。
内閣府の原子力安全委員会や食品安全委員会が決めた「飲食物の摂取制限に関する指標」では、ヨウ素は年間総量50ミリシーベルト(5万マイクロシーベルト)まで、セシウムは年間総量5ミリシーベルト(5千マイクロシーベルト)までとなっている。それぞれ原発事故のような非常時なら、1年間にこの量まで食べても大きな問題はないとされた値だ。
これに従えば、くだんの牛乳なら年間3万7878回、ホウレンソウは年間8547回まで食べられる。毎日3回食べ続けても、とても1年でこの回数には達しないから"安全"だということになる。
「安全といっても、被曝量は低いに越したことはありません。とはいえ、変換係数で得られたシーベルト値は、ヨウ素やセシウムが体内で排泄されたり、自然減少したりする『有効半減期』が勘案されているので、現実に体が放射能から受ける影響を表していると言っていいと思います」
日大歯学部専任講師の野口邦和さんはそう解説する。
外界では、ヨウ素は8日で、セシウムは30年で半分に減るが、体内ではさらに排泄などによっても減る。こうしたことを加味したものが、食べた場合の半減期である「有効半減期」だ。ヨウ素なら7・6日、セシウムなら70日で、この期間を過ぎれば放射能の影響は半減する。先ほどの計算で得られたシーベルト値は、主にこの半減期の間に体が受ける総量である。
計算で示したように、暫定規制値の牛乳とホウレンソウは"安心"だった。では、福島第一原発周辺で見つかったような高いベクレル値だとどうなるか。
牛乳にヨウ素2600ベクレル、ホウレンソウにヨウ素1万9千ベクレルとセシウム4万ベクレルを含むものを使って、前記と同じ朝食を用意したとする。
シーベルト値はヨウ素で計49マイクロシーベルト、セシウムで46・8マイクロシーベルト。セシウムのほうが先に年間指標量に達するため、この朝食は106回までしか食べられない。3食続けて食べると、1カ月ほどで指標量近くなってしまう。
ほかの食材でも放射能が検出されてベクレル値がわかれば、同様に計算して加算すればいい。毎日の食事から受ける被曝量を累積し、年間で指標量を下回るようにすれば、計算上では、放射能が検出されている食材を食べても問題はないことになる。
◆他の食品の数値、市民自ら測定を◆被曝医療に詳しい長崎大学大学院の山下俊一教授は、
「医療界では、成人にとって安全な年間総量は、指標量の倍の100ミリシーベルトとしています。人間の遺伝子には、放射線で破壊されても自分で修復する能力もあるからです」
と説明する。
原子力安全委員会が定めた指標量は、原発などの現場で働く作業員を想定したものだ。作業員は一度に強い放射線を浴びることがあり、指標量が厳しくなっている。それに比べ、医療界は、低い放射線量を長く浴びる場合を想定し、遺伝子の自己修復能力を加味して倍量にしているようだ。
それでも、年間総量が200ミリシーベルトを超えると発がんリスクの上昇などの影響が見え、年間1シーベルト(1千ミリシーベルト)に達すると、遺伝子の自己修復が間に合わなくなり、死亡者が出る可能性があるという。
また、ベクレルからシーベルトへの変換係数については、「安全性からみるとまだまだ甘い」との指摘もあるという。
「係数はもっと高く、指標量では不十分だと主張する専門家もいる。この計算で本当に大丈夫か、議論があることも事実です」(日大の野口さん)
放射線の人体実験は簡単ではないため、どうしても不確かな部分が多い。食品安全委員会も、指標量は認めつつも、「曝露はできるだけ少ないほうがよい」と強調している。
とはいえ、どれくらいなら許容範囲なのか、といった判断をする際の材料の一つにはなりそうだ。
そのためにも、今は野菜や牛乳、水などでしか発表されていないベクレル値をもっと多くの品目で計測し、公表することが欠かせない。公的検査機関だけではなく市民団体などが測定器を購入して自主的に検査し、結果を公表していくことが必要になる。
また、妊婦や幼児はどうなるのかについても、さらに具体的なデータが求められている。
放射能といやが応でも付き合わざるを得ない時代になってしまったのだから。