もっとも、夫がもらえなくなるのは、増えると思っていた増額部分の年金だけだ。(1)だと65歳から本来もらえた年金をさかのぼって一括で受給できる。(2)では望めば妻の死亡時点までの繰り下げ増額は認められ、その年金額が妻の死亡時点までさかのぼって支給される。
とはいえ、「年金を少しでも増やしたい」という夫の気持ちはよく理解できる。しかも、該当世代の女性は会社を“寿退社”した人が多く、厚生年金の加入期間は短い。このため遺族厚生年金の金額は少額となり、「実際は夫は妻の遺族厚生年金を請求しない人が大半だ」(三宅氏)。
そんな少額の遺族厚生年金のために、夫が繰り下げできなくなるのは理不尽な感じがする。
全国の年金事務所を統括する日本年金機構によると、冒頭のような事例が実際に発生しているかどうかは「そういう視点で集計を行っていないので、わからない」(広報室)とのことだった。
年金制度のなかで、何らかの形で夫が繰り下げ資格がなくなったことを知る機会はないのか。
機構によれば、妻が年金を受給していれば、夫は繰り下げできないことを知るチャンスがあるという。
「妻が年金を受けていれば、死亡した場合、もらうことができた年金で支給されていない『未支給年金』が発生します。夫が年金事務所で未支給年金を受け取る手続きを進める過程で、夫に妻の遺族厚生年金を受け取る権利があるならば、繰り下げできないことを説明することになります」(同)
未支給年金が発生していて遺族が請求してこない場合は、手続きを促す「勧奨状」という案内を郵送しているという。
また、年金受給前の人でも、受給資格期間が25年以上ある人が死亡した場合は、遺族年金について知らせるハガキを遺族に送っているそうだ。
機構は、65歳の老齢年金の請求書に同封して送るリーフレットや、年金事務所にあるパンフレットなどに、遺族年金の受給権があると繰り下げができなくなることを明記し、必要な措置はとっているとしている。それでも今回は、繰り下げ制度の拡大という大改正を伴うため、22年4月の施行までになんらかの対応を検討するという。