繰り下げをすると、年金の増額という“ご褒美”がつく。1カ月遅らせるごとに0.7%増。5年で42%増(0.7%×12カ月×5年)、10年だと84%増だ。

 かりに老齢厚生年金が年間120万円、老齢基礎年金と合わせて年間約200万円の年金を受け取る人の場合、それぞれを5年繰り下げると、受取額は約284万円、10年だと約368万円にまで年金が増える。

 いまのところ、繰り下げを選択した人は年金受給権者の1%程度と低いものの、これからは間違いなく「年金繰り下げ」が注目される。

「ところが、繰り下げには意外な“落とし穴”があるんです。知っていないと、とんでもない目に遭うことがあります」

 こう話すのは、年金実務に詳しい社会保険労務士の三宅明彦氏だ。冒頭のケースのように妻に先立たれると自動的に、夫が繰り下げできなくなってしまう例が出てくるというのだ。

「年金繰り下げは、ほかの年金の受給権を得てしまうとできなくなる、というのが法律の決まりなんです。冒頭のケースは妻の遺族厚生年金の受給権が夫に発生してしまったんですね。その時点で夫は繰り下げができなくなります」(三宅氏)

 妻の遺族厚生年金? その受給権が自分に? 繰り下げできないなら、もっと早く教えて──。疑問が次々に湧いてくる。

 妻が会社勤めをしていない専業主婦だと想定し、順を追って説明しよう(専業主“夫”のご家庭は「夫」と「妻」を読みかえてほしい)。

 遺族厚生年金は、妻が(1)厚生年金に1カ月以上の加入歴があり、(2)保険料納付済み期間など「受給資格期間」が「25年以上」ある人が死亡した場合に発生する(現在は老齢年金はこの基準が「10年」だが、遺族厚生年金は「25年」のままなので注意)。

 50代以上の女性には、冒頭のケースのように若いころOLとして会社勤めをしていた人も多い。「昔と違って、国民年金にしか加入歴がないなどという女性は今はほとんどいない」(三宅氏)というから、妻が死亡すると遺族厚生年金が発生すると思っていい。

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