では、その妻の遺族厚生年金の受給権は誰に発生するのか。法律では「配偶者、子」が“いの一番”に挙げられている。「子」というのは主に高校生以下に限られるため、晩婚などで遅く子を授かったケース以外は、夫が受給権者の筆頭候補になる。
そのうえで、夫が妻の死亡時に55歳以上であること▽妻と同居していたこと▽年収が将来にわたって「850万円未満」であること──の三つの条件を満たしていれば、夫に受給権が発生する。つまり、大手企業のサラリーマンや中小企業の社長といった一部の高年収の人以外は、妻の遺族厚生年金の受給権者になってしまうのだ。
すると前述したように、夫は繰り下げができなくなる。先の三宅氏が言う。
「夫が年金を増やそうとはりきっていた場合、その希望が通らなくなってしまうのです。しかし、そんな年金の規定を知っている人はほとんどいません。だから冒頭のケースのように、資格がないことを知らないまま繰り下げ待機をする人が出る可能性があるのです」
ニッセイ基礎研究所の中嶋邦夫上席研究員も「繰り下げ制度の拡大で厚生労働省が言っていたのは、『受給開始時期を60歳から75歳まで自由に選べます』でしたが、今回のケースは自由に選べない人がいることを示しています。人の死は突然起き、自分でコントロールできないのに、今の制度ではそのことについての配慮がありません」。
実際、夫が勘違いをしそうなパターンは次の二つである。
(1)夫が55歳以上66歳未満の間に妻が死亡
冒頭のケースがこれにあたる。妻の死亡で年金繰り下げの資格がなくなったのに、夫はそれを知らないまま繰り下げ待機生活に突入してしまう。いざ年金を請求しようとしたところで“悲劇”が発生する。
(2)夫が66歳以降で繰り下げ待機生活に入った後、70歳になる前に妻が死亡
法律ではこの場合、妻が死亡した時点で夫の繰り下げは“強制終了”される。夫に年金の知識がなければ、そのまま待機生活を続けてしまう可能性があり、請求時に(1)と同じ悲劇が起こる。