どんなに怒鳴ってもじつは冷静ですから、どういう言い方をすれば遅刻をしなくなるかとか、プロ意識を持てるようになるかとか、これ以上は怒らないでやめた方が効果的だとか、相手の反応を見ながら考え、言葉を選びながら怒ったふりをしました。
怒る目的は、相手を変えたい、変わって欲しいということで、感情を発散することではない――演出家として、そう気付いたので、冷静になる必要があると腹を括ったのです。
この状態は「怒る」より「叱る」という言葉が相応しいと思います。
「叱る」ことは、冷静でなければできません。感情的になれば「怒る」ことになるのです。
感情に任せて「怒る」ことは、残念ながら俳優も子供達もいい方向には導きません。ただ深い傷を与えます。二十代の僕自身の反省を込めて言いますが、感情をぶつけられて怒られた俳優も子供も、成長はしません。
と書きながら、二十代の頃は、思わず自分の感情を発散してしまう時がありました。
それは、相手が何をしたかというよりは、自分のコンディションが原因でした。
稽古が続いて睡眠不足だったりすると、叱る、つまり冷静に怒れなくなります。肉体的に疲れていると、感情はすぐに沸点を迎えます。
精神的に不安な状態でも同じです。
芝居が成功するかどうか不安な時に、遅刻してくる俳優を見ると、感情が高ぶりました。
それから、問題を一人で抱え込んで、誰にも相談できない時もイライラしました。
ハルコさん。
僕が何を言いたいか、もう分かってますよね。
「叱る」理由は、相手にありますが、「怒る」理由は、相手ではなく自分にあるのです。
ハルコさん。ちゃんと寝ていますか?
身体的に疲れ切っていませんか?
朝から晩まで三人の息子さんに振り回されて、精神的に追い込まれていませんか?
一人でホッとできる時間を持っていますか?
言う事を聞かない子供のことをグチりあえる友達がちゃんといますか?
なにより、平日でも、夫と子育てについて会話がありますか?
演出家の中には、俳優が自分の指導に従わないと、プライドを傷つけられたと怒る人がいます。
演出家というものはちゃんとしてないといけない、俳優の前で弱みを見せてはいけないと思い込んでいるのです。