※写真はイメージです (撮影/写真部・松永卓也)
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 ノンフィクション作家の足立倫行さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(代亨著、イースト・プレス 1800円・税抜き)。

*  *  *

 先頃、ユニセフ(国連児童基金)が、世界38カ国の子どもの幸福度調査の報告書を発表した。それによると、身体的健康の分野で日本は世界1位。にもかかわらず、精神的幸福度では、自殺率の高さや生活満足度の低さから、調査国中最低レベルの37位。これは一体、どういうことか? 私たちの社会の現状はどうなっていて、何が問題なのか?

 この難問に正面から立ち向かっているのが本書、と評者は思う。

 著者は石川県出身の精神科医。生まれ育った昭和時代と令和の時代を比較しつつ、豊かで秩序正しい日本社会の全体像と、その裏側の生きづらさを浮き彫りにする。取り扱うのはメンタルヘルス、健康、子育て、清潔、コミュニケーションと空間設計、の5分野。

 現在の日本は、世界屈指の「健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会」と呼んでいい。

 町中で吐しゃ物やゴミのポイ捨てや歩きタバコを、まず見ない。物乞いや喧嘩に遭遇することもなく、交通機関はすべて時間通りに発着し、店員や公務員の応対は全国でおおむね礼儀正しい。

 約3千人が自由に行き交いトラブル皆無の渋谷・スクランブル交差点は、外国人には「驚異」に映るだろうが、現代の日本人には「当たり前の光景」なのだ。

 しかし、昭和時代は違った。

 タバコは「格好良い」小道具であり、ポイ捨てはザラだった。町は汚く騒々しく、暴力沙汰や犯罪も多かった。デモやストライキが頻繁にあり、電車やバスの遅延・運休も珍しくはなかった。

 そんな雑然とした社会が、平成以降急速に変化したのだ。

 もっとも、便利で快適な秩序ある社会への変化それ自体は、近代化の産物だ。西洋文明が19世紀以降追い求めたもので、日本も遅れて追い付いたにすぎない。

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