そうやって続けたおかげで、彼は新たな個性をアピールできるようになった。どこかとぼけた、ちゃめっ気のある、ちょっと自信のないような役なども似合うようになり、脇役でも輝き始めるわけだ。

 とはいえ、人間、自分の中にないものでは勝負できない。彼にはもともと、二枚目らしからぬ要素があり、それは世に出るきっかけとなった資生堂CMのカメラテストでも発揮されていた。前出の著書によれば、彼は九州男児ゆえの美学から、モデルがよくやる気障なエスコートなどができず、思いあまって、相手役のひとりだった女性のスカートをめくったという。こんな意外性が、天才ディレクターによる抜擢につながったのである。

 そして、そういう一面を見せ始めれば、そこを面白がる人が出て来る。2009年には教養番組「美の壺」(BSプレミアム)の二代目案内役に起用された。初代が谷啓だったことからもわかるように、草刈のコミカルな持ち味が期待されての起用だ。

 その5年後が、前出の三谷幸喜の舞台である。彼は「下町の理髪店の親父」で、そこに長女が70歳のフィアンセを連れてくる、という喜劇だ。これは90年代にも上演されていて、竹内結子の役は斉藤由貴、彼の役は角野卓造が担った。三谷は草刈に、角野に通じるものを見たのだ。

 この舞台のさなかに「真田丸」のオファーもされるわけだが、三谷の脳裏には1985年のNHK新大型時代劇「真田太平記」があった。草刈はこのとき、真田幸村を演じており、父・昌幸は丹波哲郎。草刈は当時から、豪快でマイペースな昌幸の人物像に魅力を感じていたという。

 9月に出演した「徹子の部屋」でも、こんなことを言っていた。

「丹波さんがもうほんと楽しくやってらしたんですよ。それを覚えてましてね。あぁ、あの役やれるんだって思いましてね。もう、ふたつ返事でお受けしましたけどね。楽しかったです。ほんと楽しかったです」

 印象的だったのは「真田丸」で幸村を演じた堺雅人があくまで堺らしさ全開だったのに対し、草刈は丹波が作り上げた昌幸にかなり寄せていたことだ。これはリスペクトや羨望が自然と反映されたのだろう。こういう素直な性格は、年上からかわいがられるものである。

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