澤田:第2次世界大戦までは、これらの宗教はよく似た場所に立っていたけれど、そのあとが随分変わってきたなというふうに思いました。
佐藤:そうなんですよね。創価学会は、池田大作という人が、牧口常三郎(まきぐち つねさぶろう)と戸田城聖(とだ じょうせい)の遺産を継承して、解釈し、行動していく過程で変わっていったと思います。そして、本来は出身母体であったはずの日蓮正宗とも大戦争になった。世界宗教になる上で、自分たちの母体から抜け出していかないといけないというのは、私には、ユダヤ教からスタートして、ユダヤ教から抜け出していかざるを得なくなったキリスト教と酷似していると思いました。ただ、論壇にはある種の創価学会タブーがあるでしょう?
澤田:まず、宗教団体として大きく、そして政治に結び付いているように見える。この2点でほかの宗教団体と違うのかもしれません。
佐藤:ただ、神社本庁だって、政治と結び付いているわけですよね。
澤田:ええ。個人的な感覚でいうと、池田大作さんというご存命の方と、宗教、その信仰的なことが結び付いているという点が、特別に見えるのかもしれません。
佐藤:なるほど。僕は既成宗教と新宗教を分けて、新宗教だからいかがわしいみたいに思うっていうのは嫌いなんです。キリスト教も、スタートは新宗教ですから。そういうところに偏見を持ってはいけないと思うんですよね。
ただ、なぜここまでの力が創価学会にあるのかというところに関心が強かった。戦時下の創価教育学会(創価学会の前身)っていうのは、国と非常に距離があって、弾圧された。その結果、創価学会初代会長の牧口常三郎は獄中死しています。そこからのスタートだから、「おのれ権力」という発想になるはずで、ある時期まではそうだった。それが途中からは、ただ反体制ではなく、むしろ体制化していく。ただし、体制に取り込まれてしまったわけではない。その部分が面白かったんです。キリスト教に似ています。
■発展して変化しよう その意思が内側にある
澤田:そういうところも含めて、実は創価学会って非常にフラットだと、この本を拝読して知りました。いつまでも恨むとか、そういうことを引きずらないというのを、まさに体現しているのかなとも思いました。
佐藤:僕もそう思うんですよね。今回の組閣で考えてみても、(小選挙区で2度も公明党の山口那津男氏を破った)平沢勝栄さんが自公連立政権の閣僚で入ってるっていうのは、ある意味びっくりしました。別に、まあ過去は過去だと。本人もまずかったなと思ってるんだから、いいんじゃないでしょうかぐらいの感じですからね。