家の中では、オカメインコのマキの抜けた羽根を見かけることが増えた。本格的な冬にそなえた換羽だろう。みんな季節に敏感だ。
夜、窓にくっついて餌を獲(と)っていたヤモリも見なくなった。が、一匹だけ、まだ小さい子供のヤモリが仕事部屋の掃き出し窓の戸袋の陰で冬眠準備に入っているのは知っている。無事、冬越しをしてくれればいいのだが。
アシダカグモとハエトリグモは家中を元気に走りまわっている。いったいなにを食うてるんやと思うが、けっこう数はいる。そういえば半月ほど前、仕事部屋でゴキブリを叩(たた)きつぶした(わたしはゴキブリを手で叩く。新聞紙や雑誌を探していたら間に合わないから。手にはゴキブリの汁が付くが、そんなものは洗えばとれる)。まだピクピクしてるゴキブリを、アシダカグモが食うかいな、とそのままにしておいたら、次の日には消えていた。逃げたのではない。たぶん、アシダカグモが運び去ったのだ。わたしはアシダカグモやハエトリグモといった徘徊(はいかい)性のクモがけっこう好きだ(二十年ほど前、この家に引っ越してきたとき、燻蒸(くんじょう)の殺虫剤を焚(た)いた。クモが死んでいるのを見て以来、マキにもわるいから、家の中で蚊とり線香のほかに殺虫剤は使ったことがない)。
マキは仕事部屋の水槽にとまってグッピーを捕ろうとしたりするが、クモにはなんら反応を示さない。わたしが万年筆で字を書いたり、綿棒で耳掃除をしていたりしたら、怒って万年筆を噛(か)み、綿棒を投げ散らかすくせに。
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する
※週刊朝日 2020年12月4日号