近年、日本のカフェ市場は成長している。日本フードサービス協会によると、日本における喫茶店の市場規模(19年)は10年前と比べると17%も伸びており、人口減の日本においては飛躍的な成長だ。一方で、矛盾するようだが、19年のカフェ・喫茶店の倒産件数は前年より増えている(東京商工リサーチ調べ)。チェーン店が規模を拡大させた一方で、個店が倒産していると見られる。今年は新型コロナの影響で、その傾向が加速する可能性がある。
これを危惧するのが、著者の飯田美樹さんだ。飯田さんもまた、カフェに救われたひとりだ。政治を学ぶためにパリに留学したときも、近所のカフェに通った。パリでは知人もおらず孤独だったが、400円程度の「カフェクレーム」を飲みながら、ときに隣に座った客との会話を楽しんだ。のちに京都の大学院に通ったときも、学校になじめずにカフェに通い続けた。「ずっといていいよ」と言ってくれた店主とは年賀状を出し合う仲になり、それが心の支えになった。
飯田さんはパリで、カフェとアーティストの接点を調べるにつけ、カフェはひとつの生命を救うほどの力をもつと考えるようになった。
「パリのカフェに通っていたアーティストは、天才になりたかったのではなく、自分の人生を生きたいと望んでいただけだと思います。社会とはうまく合わないけれど、自分を変えるのではなく、むしろ自分らしくあろうとした。そんな人たちを受け入れたのがカフェで、ここに通うことで生きることができたのではないでしょうか」
飯田さんは近年、「自分らしくあれる場所」としてのカフェが減っていることを危惧しているという。
■昨今のカフェは、サードプレイスかセカンドプレイスか
「サードプレイス」という言葉がある。人間の居場所を指す言葉で、第1の場所は家庭、第2の場所は職場や学校、そしてより自分に戻れる場が「第3の場(=サードプレイス)」だ。カフェはサードプレイスである、という論もある。
大人になると、第3の自分を押し殺し、第1と第2の自分だけで生きる人も多い。前出の通りカフェ市場は成長しており、もしサードプレイスとしてのカフェが増えているなら喜ばしいことだ。だが、生活スタイルの変化からか、カフェはむしろ仕事や勉強などのためのセカンドプレイスになっているようにも見える。
冒頭の影山さんは現在2店のカフェを営むが、自身のカフェを「第1と第2の自分から離れる場」とし、あえて電源やWi-Fiを開放していない。そのぶん客層は限られるが、コロナ禍にあった今年7~9月の売り上げは昨年を上回ったという。その理由をこう考える。
「新型コロナの影響でマスクやビニール越しのコミュニケーションを経験した結果、生命力のある場所にひき寄せられたのではないでしょうか」
コロナ禍で、コミュニケーションの場は大きく制限された。対面しなくても情報交換できるインフラはあるが、「自分らしくあれるサードプレイス」までは充足し難い。100年前に「自分らしくあろうとした」天才たちと私たちはいま、同じ悩みを抱えている。
(文・カスタム出版部)