中国料理だが、外国人用にアレンジされてはいない。中国の食堂で食べるそれだった。はじめはたいらげていたが、3日目あたりから箸が動かなくなった。肉といっても骨つきの豚足。小骨が多い干し魚を煮込んだ辛い料理を前に、「どう食べればいいんだ」と天井を仰ぐことになる。
やがて中国料理のにおいが鼻につくようになり、口に入るのは白飯だけになった。
「5キロは体重が減るかもしれない……」
Iさんの食生活を救ったのは、カンボジアの家族のために買った日本からのお土産だった。彼の奥さんはカンボジア人である。
奥さん用に買ったグミに手をつけてしまった。そして奥さんの両親用に買ったカップヌードル2個。そして奥さん用にかったパンケーキ……。かばんを埋めていた土産がほぼ消えたとき、2週間の隔離が終わった。2回のPCR検査以外、最後まで部屋からは一歩も出ることはできなかった。
Iさんは個人でカンボジアに住んでいるため、隔離ホテル代も自分で払わなくてはならない。ホテルは食付きで1泊60ドル、そこに検査代100ドル、医療スタッフ代などが加算され、最終的には1611ドル、約16万7500円ほどになった。
■下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「沖縄の離島旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)。